十四章 動乱の帝都―求められぬ勇者―

1.仄暗い地下から

 夜の闇に紛れ、荒野を進む影が四つ。

 その影はゴツゴツとした岩肌の狭間へと入り込み、そのまま消える。

 人ひとりが何とか通ることのできる、細く穿たれた穴。ルエラちゃんが掘り進んでくれた隠し通路だ。僕たち四人は一人ずつ落っこちないよう注意しながら、かなり傾斜のある通路を半ば滑るようにして下りていった。

 帝国軍に察知されないようにということで、入口の穴は石壁からかなり離れたところに掘られていた。ただ、地下鉄道用に掘られている横穴はその付近にもあるようで、この狭苦しい穴を通るのはそこまで長い距離ではないとのことだ。いざ入ってみて窮屈さを実感したので、それはありがたいことだった。


「ぎゃーッ!」


 ……後ろからセリアがたまにぶつかってくるし。


「これだけの穴をルエラちゃん一人で掘ったなんて、凄いなあ……」

「ルエラさんは大魔術士の娘さんですからね。ライン帝国では、ロレンス=ブルーマーの名前を知らない人はいませんよ」

「クラスマスターにもなれば、知名度も凄いんでしょうね」

「各クラス、マスターになれるのは世界に一人とも言われてますし。真実は分かりませんが、それくらい極めた人ってことなんですよ」


 ルエラちゃんの父親のことを、リズさんは自分のことのように誇らしく答えている。すぐ後ろにつくディルさんも同じような表情をしていた。

 クラスマスター、か。『コレクト』というチート級能力のおかげではあるが、僕は剣術士スキルを十二種類有している。いつかは十三番目のスキルを手にして、剣術士のクラスマスターになることもできるかもしれないな。

 過去の勇者たちも、生きてさえいればそういう未来があったのだろうか。


「……あ。あれってもしかして……」


 もう何度目か、僕の背中にしがみついた状態のセリアが、急に前方を指さした。足元にばかり注意を払っていたので気付くのが遅れたが、もうすぐ目の前にコンクリートの壁が露出していた。


「うん、ようやく出口っぽいね」

「やっとかあー。もうトウマにぶつかるのはごめんだわ」

「僕もごめんなんだけど……」


 ぶつかるたびに僕も転んで地面とキスしそうになっているわけで。そんな危険から解放されるのは助かった。……まあ、ぶつかることのメリットがないわけじゃあなかったけど。


「あの壁、ルエラさんが言っていたように一度くりぬかれて、扉のように取り付けられてますね」

「本当だ、切れ目が見える……。ルエラちゃん、器用すぎでは」


 セリアが唸る。自分にも器用さが欲しいと思っているのかいないのか、聞いてしまうとビンタでも飛んできそうなので止めておく。

 壁の前に辿り着いた僕は、手探りで窪みを探し、そこに指をかけて動かした。案外すんなりと扉は外れ、向こう側の空間と繋がる。


「げほっ……埃っぽいわね」

「州外への地下鉄道計画は一年ほど前から中断してますからね、ずっと放置されて空気も淀んでるんでしょう」


 ディルさんの言葉通り、トンネル内は採掘用の機械や運搬用の台車などが所々に置かれたままになっている。作業用の電灯だけは今も電力が来ているようで、かなり広めの間隔でポツポツと光っていた。


「こんなに広いトンネルを、ちゃんと外壁も固めて作ってあるのに、中断しちゃったんですね」

「ええ。このトンネルがもっと先まで延びて、他州の人たちが自由に往来できる鉄道が、早く出来上がってほしいもんです」


 その未来をまぶたの裏に思い描くように目を閉じながら、ディルさんは言った。


「とりあえず、鉄道内には入れたとして……どっちに行けば帝都方面なんだろう」

「何か表示があればいいんですけどね……」

「駅の予定地でも近くにあったら、そこに書かれていそうですけど」

「それらしいところに出るまで、ひとまず歩いてみましょうか」


 リズさんの言葉に全員が同意し、僕たちはとにかく行動してみることにした。進む方向については多数決を取り、僕らが入ってきた方から見て右側へ進むことになった。

 ここからは、ひょっとすると警備中の兵士に見つかる可能性もあるし、魔物が住み着いているというのもあり得る。気配を敏感に察知できるようにしておかなければならないだろう。

 また、出発の前に服装も変えておくことにした。戦闘面では頼りなくなってしまうが、今の姿では勇者や従士、或いはレジスタンスだというのが一目でバレることは必至だった。

 各自離れた場所で着替えを済ませ、歩き始める。トンネルは真っ直ぐ伸びており、その大きさも見事なまでに一定している。僕がいた世界に比べると発明的な意味でのレベルは勿論下として、技術の質で言えば勝るとも劣らない素晴らしさだな、と感心させられた。

 

「この鉄道網は、いずれは帝国全土に広がる予定なんですか?」

「さあ……オズワルド皇帝は帝国のトップとして最終的な決定権を持ってるけれど、当然他にも多くの人が政治には関わってるから。ただ、こうしてリン州を越えたところまでトンネルがあるんだから、広げていこうという意見があるのは間違いないと思うよ」

「何年かかるか分かりませんけど、早く完成してほしいですねー」


 セリアが言うのに、リズさんとディルさんは静かに頷いた。

 十五分ほど歩いたところで、等間隔だった電灯の数が増え始めたことに気付く。ひょっとして、と早足で進んでみると、開けた空間に到着した。レールはまだ敷かれていないが、胸の高さくらいの段差が両サイドにあって、ここが駅の予定地であることは明らかだった。


「本格的だな……」

「私は帝都にいたことがあるので、鉄道は利用していましたけど、とても便利でしたよ。他国に自慢できる技術です」

「軍事にばかり力を入れずに、もっとこういうものを増やしてほしいですね、本当に」


 リズさんが鉄道について評すると、ディルさんが自嘲気味に言って溜め息を吐く。……技術は人を殺めるためではなく、救うためにこそ使われてほしい。それは僕でなくとも大勢の人が同じように思っているだろう。


「ホームに案内板があるね」

「ホーム?」

「ああ、利用客が待つところ。この高い部分」

「へえー……」


 セリアにとっては全てが初めて見るものだ。確か、電車の話は一度ちらっと話したことはあったけれど、人を乗せて走るくらいの説明しかしていなかったし。


「……うん。こっちの方向で合ってます。それから、もうリン州に入ってるみたいですね」


 案内板に記された地名を見て、リズさんが教えてくれる。


「あ、そうだったんですか」

「はい。ダンダルク、という地名には見覚えがありますから。まだまだリン州の端ではありますけど、こちらに進んでいけば大丈夫ですね」


 リズさんがいてくれて助かった。もしも僕とセリアの二人だけでここへ入り込んでいたら、案内板を見たところで帝都への方角を確定させることはできなかっただろう。……帝都方面、とか書かれていれば良かったのだが、そこは工事途中ゆえというわけだな。

 向かう先がハッキリすると、足取りもなんとなく軽くなった。決して楽ではない、長い道のりではあったけれど、僕たち四人は暗いトンネルの中をひたすらに歩いていく。幸いにも、道中に兵士や魔物の姿は一度もなかった。

 そして、かれこれ一時間以上は歩いたというところで、希望の光がようやく僕たちを照らした。……鉄製の大きなバツ印、その先に続くレール。……整備されたホーム。そこは間違いなく、今まさに稼働している駅だった。

 場所的にここが現在の始発駅なのだろう、左側のレールには列車が止まっていた。形状はほぼコンテナ型で、機関車よりは断然電車に近い。飾り気がないあたり地味には見えたが、それでもここまで地下鉄らしいものが存在するという事実には素直に驚かされた。


「凄い……」


 僕よりも先に、セリアがそんな感嘆詞を口にした。自走車ですら驚いていた彼女だ、それを凌駕する車の存在にはさぞ心動かされるのだろう。


「せっかくだから乗ってみたいわー……」

「というより、ここからは列車に乗って帝都を目指す算段ですから、乗らないといけません」

「ホント? やった!」

「あはは……無邪気だなあ」


 まあ、トンネルを利用するとは聞いていたものの、僕も列車に乗っていくとまでは考えていなかった。確かに、せっかく交通手段があるのにわざわざここから地上に出て馬車を、というのは非効率だよな。


「鉄道の運行時間はもちろん駅によってバラつきがありますが、大体朝七時から夜十時までだったはずです。今はまだ夜明け前ですし、時間が来たら乗り込みましょう」

「了解です」


 ホームには掛け時計が一つあって、時刻は五時半を指している。あと一時間半もすれば、列車の運行開始時刻だ。


「ダグリンに着いたら、改札口で切符を落としたとでも駅員に言って、お金を払えば出られると思います。恐らく、もう大きな障害はないでしょう」

「列車に揺られて、悠々帝都へ向かえるわけですね」

「二人の協力なくしては、ここまで来られませんでした。本当に感謝してます、勇者様、従士様」

「それは僕たちの台詞ですよ。レジスタンスの……何よりルエラちゃんの力があってこそ、ここまで来れました」

「ふふ。……また帝都で落ち合えればいいですね」

「え?」


 また落ち合えれば、というリズさんの言葉に疑問を感じ、僕は呆けた声で聞き返してしまう。


「僕たちはダグリンの前に、立ち寄る所があるんです。なので、途中の駅でお別れというわけで」

「なるほど……」


 立ち寄る場所もまた、レジスタンスの活動に必要なところなのだろう。何をする予定なのかは分からなかったが、とにかく最後まで一緒には行けないようだ。

 少し物悲しいが、僕たちには僕たちの、彼らには彼らの目的がある。引き止める意味はなかった。

 それに、リズさんの言うように、滞在中にまた合流できる可能性も十分ある。


「じゃあ、車内で一旦お別れですね」

「ええ。……友人のように、笑ってまたねとお別れしましょう」

「何言ってるんですか、皆友人みたいなもんですよ」


 さらっとセリアがそう言うのに、リズさんとディルさんは顔を見合わせた後、おかしそうに笑った。


「そうですね。気を遣って線引きする意味なんてなかったです。……僕たちは友人だ」

「どうか、お互い無事に」


 僕たち四人は、その言葉を誓うように頷いた。

 怪しまれないよう駅の手洗いで待機することになり、時刻はやがて七時を過ぎる。すると、一人、また一人と利用客が駅のホームへとやってきた。列車は三両編成だが、このペースなら始発から半分以上は席が埋まりそうだ。

 いつのまにか車掌も来ていたのか、列車は控えめな駆動音を鳴らしながら規則的に揺れ始めている。そろそろ乗り込む頃合いだろう。

 僕たちは時間差で、なるべく自然な振舞いを心掛け列車に乗り込んだ。座席は進行方向に左右二席ずつ設置されており、左側に僕とセリア、右側にリズさんとディルさんが横並びに座る。それから十分もしないうちに、発車を知らせるメロディが構内に響き、列車の扉はガタリと閉められた。

 ――出発だ。

 その両輪でレールを踏み締め、列車は走り出した。ゆっくりとスピードが増していき、次第にトンネル内の電灯が残像を伴い過ぎ去っていくようになる。

 八十キロくらいは出ているのに違いない。特急電車に乗っているような懐かしさを覚えた。隣のセリアは田舎者のように興奮していて面白い。


「ふう。これでダグリンまで一直線だ」

「ね。いやあ、貴重な経験だわ」


 列車は僕たちを乗せて走る。

 動乱の帝都は、もうすぐそこだった。

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