8.それでも僕たちは
魔皇アルフは、残された一本の尻尾と、背中に生えた棘を使って攻撃してくる。セリアは初めて攻撃を間近で見たので、慣れるまでは避けるのに苦労していた。
「ぎゃー! 棘が爆発してる!」
「危ない危ない!」
さっきはホーリージャッジメントのおかげもあってか、女神のように見えたんだけどなあ。今は普段通り、お茶目で危なっかしいセリアだ。まあ、その方が調子も出るんだけど。
「落ち着いて対処すれば、もう回避不可能な攻撃なんてのはないと思う。後はどうやって致命傷を与えるか、だ」
「エンチャントして攻撃しても、倒れてくれないんだよね」
「ふうん……防御力が凄いのね」
セリアは少しだけ考える仕草をして、
「トウマはメインクラスじゃないわけだし、私がエンチャントしてみよっか」
「ああ、それがいいんじゃない?」
ナギちゃんもセリアの提案に同意する。まあ、魔法系の能力値が低い僕なんかより、セリアがエンチャントした方が強いのは当たり前のことだし。
隙を見て、僕とナギちゃんはセリアのところへ駆け寄る。そこで彼女は光魔法を凝縮させて、杖を媒介し剣とクロスボウへ込めてくれた。
「なんとなくできちゃったけど、コントロールが難しいわね、これ。サンライズが限界だわ、それ以上は暴発しちゃいそう」
「ゼロ距離で光魔法を暴発されたらボクたちがやられるね」
「それだけは勘弁してね、セリア」
「だからやらなかったのよ!」
会話にも明るさが戻ってきた。これもセリアのおかげかな。エンチャントと合わせて心の中で感謝する。
さて、従士のエンチャントはどれほどの力を見せてくれるのか。
『何匹カカッテコヨウガ無駄ダ……』
アルフはそう豪語するものの、その醜悪な顔には焦りの色が見える。その証拠に、攻撃は明らかに精彩を欠いていた。
「ふっ」
乱雑に振り回される尻尾をジャンプして躱す。飛び越えたその尻尾から棘が発射されたが、回避するのは容易だった。ただ、一つだけ光っている棘があったので、それは爆発する前にパワーショットで粉々に砕いた。
「――スナイピング」
振り切った尻尾を、ナギちゃんが狙撃する。スナイピングは貫通能力も持っているため、矢は勢いを衰えさせることなく皮膚を貫き、尻尾は地面に縫い留められるような形になった。
『ヌウ……!?』
もちろん、スキルが消えてしまえば小さな矢に尻尾を止める強度はない。しかし、それまでの短い間でも隙が作れればそれで構わなかった。
「――ホーリージャッジメント!」
セリアの上級魔法が再び発動する。詠唱はなくとも、魔力の集中にはそれなりに時間がかかるのだ。彼女がこのスキルを行使するのには、今のところ七、八秒ほどかかるらしい。ナギちゃんの攻撃は、それまでの時間稼ぎだった。
改めて目にしても、美しいスキルだ。聖なる十字架が、魔を滅ぼす眩き光を放つ。味方にとっては頼もしいその光も、敵にとっては恐ろしきものでしかなく。アルフは全身に光を浴び、体を焼かれる苦しみに悶えるのだった。
「上級魔法は凄いなー。まあでも、従士の攻撃はここまでの方がいいかも」
「あら、どうして?」
「ん。トドメは勇者サマの方がいいでしょ」
「ま、それは言えてるわね」
トドメは僕が、か。確かに度重なる攻撃で、アルフは相当ダメージを蓄積している。全力の攻撃があと一発決まれば、沈んでくれるかもしれない。
「……アルフの注意を逸らしてもらえるかな」
「どれくらい?」
「五秒あれば大丈夫だと思う」
「オッケー。ボクとセリアちゃんならいけるよ」
「よーし、頑張りましょ、ナギちゃん」
リューズでの戦いを通して、思い付いた技がある。
とんでもなく隙だらけな技だけれど、仲間がいればなんとかなるはずだ。
セリア、ナギちゃん。僕に貴重な五秒をくれ。
「……ふう」
ある程度感覚的に、残された魔力は把握できる。
この大技をするくらいの魔力は残されていそうだ。
まずは、癒術士と武術士のスキルでありったけの補助をかける。
それから、後方に弓を構えて……走り出しながら、スキルを発動させて自分を射出するように飛び出す。
「――ビッグバスター!」
パワーショットでも地面に撃てばかなりの反動だが、それを上級スキルで行えば、推進力は何倍にも跳ね上がる。その分自分にもダメージがあるけれど、そこは我慢だ。
セリアとナギちゃんには一瞬、僕が自爆したように見えたようだが、痛みをぐっと堪えて高速で飛んでいく僕の姿に、全てを察してくれたようだ。
「――サンライズ!」
「――アローレイン!」
二人は注意を引くため、アルフに攻撃を仕掛けてくれる。範囲技なので、発射される棘も次々に撃墜していった。
これならもう、何の邪魔も入らない。
最後の一撃を、決めるだけだ。
超高速でロケットのように突っ込みながら、僕は斬鬼で剣を巨大化させる。そして巨大な剣の切先をアルフへと向けた。
これが、僕の考えた最強の一撃ってやつだ。
「――剛牙穿ッ!」
まるで、神が放った槍のような。
光を纏う巨大な剣がアルフを貫き。
その腹部は丸ごと消滅して。
二つに分かたれた肉体は、折り重なるようにして地面へ転がった。
じわじわとどす黒い血だまりが地面に広がったが、その血を流すアルフにはもう命など宿っておらず。
ただ虚ろな瞳が、どこでもない場所を見つめているのみだった。
完全に、決まった。
これで――僕たちの勝ちだ。
「やったー! 大勝利ッ!」
セリアが大声を上げて飛び跳ねる。ナギちゃんはそれを少し離れた場所から眺め、
「セリアちゃん、はしゃぎすぎでしょ」
などと言っていたが、満更でもなさそうな表情だった。
僕も一緒になって喜びたい気持ちはあったのだけど、これまでとは少々事情が違って、身動きがとれなかった。
勝敗を決したコンボ技の威力が強すぎたのだ。
「……見事に刺さってるわね」
「ね。面白いから放っておく?」
「いいわねー」
「ちょっと! 面白がってないで助けて!」
剛牙穿の勢いそのままに、僕は遺跡の壁に突っ込んで体の半分ほどが埋まっていた。技を決めたときは絶対格好良かったと思うのだが、そこからが間抜け過ぎる結果になってしまったのだ。……まあ、僕なんてこんなもんだよね、という気持ちもあるけれど。
「はあ、仕方ないから引っ張ってあげますか」
「そうしましょっか。仕方ないし」
何だか急に息の合った二人に引っ張られて、僕は何とか壁の中から脱出できた。それからしばらく、セリアとナギちゃんにはくすくす笑われていたが。せめて格好良かったとか、一言くらい聞きたかったものだ。次はちゃんと止まってみせよう、うん。
「……ふふ、私が助けに入ってからの落差が激しかったけど、とにかくこれで三体目の魔皇も無事に討伐完了ね」
「うん。リューズの危機も、これで救えたってことでいいんだよね」
「そうだよ、二人ともお疲れ様。いやあ、セントグランのときから思ってたけど、やっぱりトウマは危なっかしい勇者だな」
「むう、言い返せない……守り切れなくてごめんね、ナギちゃん」
「……んまあ、守ろうって気持ちは凄い伝わったけど」
そう言って、ナギちゃんはぷいと顔を背ける。
「あ。ナギちゃんコイツに惚れてないでしょうね」
「バカ! こんななよなよしたヤツに惚れるわけないでしょ!」
「そかそか。それならよし」
「それならって何さ」
「何でもないわよ!」
さっきまで息が合ってたはずなのに、突然喧嘩っぽくなってしまう。いや、やっぱりそれくらい仲が良いってことなのだろうか。
あと、僕がいるところでそういう言い合いをするのは心臓に悪いので止めてもらいたい。
「とにかく! これで魔皇アルフは倒せた。めでたしめでたしってことで、山を下りようよ」
「そ、そうね。こんなところ、さっさと出ましょうか……」
セリアが言い終わるか終わらないかというところで、別の声が割り込んできた。
久しぶりに聞く声――というか、音だ。
≪――条件達成確認、『コレクト』を使用しますか?≫
「あ……そっか」
僕が覚えている弓術士のスキルは九種類。これまでに戦ってきた二体の魔皇はどちらも十一のスキルを持っていたし、今回の討伐でスキルをコレクトできるのは自明のことだ。
僕は、気味の悪い肉塊に成り果てたアルフに手をかざし、スキルを行使する。
「――コレクト」
宣言とともに、アルフの亡骸から溢れてくる光。それを受け止めると、僕の中に二つのスキルが入ってきたのが分かった。
≪――弓術士スキル二種をコレクトしました≫
頭の中で、使用した際の映像を克明に思い描くことができる。一つはさっきナギちゃんも使っていた、トルネードアロー。そしてもう一つは、複数の矢を放って大爆発を引き起こす範囲技、エクスプロードだ。恐らく、僕とナギちゃんを瀕死に追い込んだアレは、このスキルだったんだろうな。
……ともあれ、この収集で弓術士のスキルも十一種類になった。普通はあり得ない力を得られるのは、最高に嬉しいものだ。
「へえ、それがコレクトか……」
「ナギちゃん、知ってるの?」
「むしろ、知らない人が多すぎるだけだと思うんだけどなあ。スキルが全部で七十二あって、特殊スキルはそのうち七つってところまでは浸透してるのに」
さも当たり前のようにナギちゃんは言う。
「……って言っても、アナリシス以外は一人しか所持できないし、具体的に知られてないのは仕方ないけどさ」
「なんか、ナギちゃんって色々知ってるのね……」
セリアもナギちゃんの知識量には驚きを隠せないようだ。知識量、というよりも、色んな秘密を知っていると言った方がいいか。
その理由はまだ教えてくれないけれど。
「さ、コレクトも完了したんだし、さっさと帰ろう。皆も心配してここまで来ちゃいそうだしね」
「私が上って来たときは、まだふもとで戦ってたわね。頼んだーって言われちゃって。確かに、もう追いかけてきてもおかしくなさそう」
「トウマ、着るもの貸してよ」
言われてやっと、ナギちゃんが恥ずかしい恰好をしたままなことに思い至った。我ながら認識不足だ。慌てて服を脱ぎ、それを彼女に着せてやる。
「どもども。……んじゃ、帰ろっか」
「だね。勇者の凱旋だ」
「毎回同じようなこと言ってるわよね」
「そうなるでしょ、そりゃ」
三人で、賑やかなまま山を下りていく。
傍から見れば、これが魔皇を倒した勇者たちなのかと首を傾げられてしまいそうだが。
それでも僕たちは、本物の勇者で。
今ここにリューズの平和を、取り戻すことができた英雄なのだ。
勝利を噛みしめながら下りる山道。
ふと見上げれば、あれだけ降り続いた雨はいつしか止んで、雲の切れ間から太陽が顔を出しているのだった。
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