7.山頂の決戦②


 大ダメージを受けたアルフは怒り狂い、その攻撃も苛烈なものになってきた。今までは本数をセーブして放たれていた棘も、三本の尻尾全てから乱射されている。


「うおっと」


 素早い身のこなしで避け続けるナギちゃんも、飛んでくる棘の多さに何度か危ない場面があった。彼女がそんな感じなのだから、僕なんかは何度も避けられない状況に追い込まれ、必死に流水刃で受け流していた。剣の角度が少しでも違ってしまうと大ピンチだ。幸いまだ大丈夫だったが。


「――バレッジショット」


 棘の間隙を縫い、ナギちゃんはなんと空中で逆さになった状態から矢を撃ち出す。一度目の着弾でアルフの左腕の皮膚が焼け、二度目の着弾でその部分が抉れた。


『ヌオオォ……ッ!』


 アルフが痛みに悶絶する。その巨体ゆえ、声で広場はビリビリと振動し、僕たちもそのうるささに耳を塞いでしまう。しばらくは両手を耳につけたまま、迫り来る棘や瓦礫を踊るように避けていく時間が続いた。


「通用するもんだなー」

「エンチャントのこと?」

「まあ、それもだけど。勇者に付与されたから効くんだろーな」


 どうやらナギちゃん自身の攻撃が効くことに驚いているらしい。


「そりゃ、勇者以外でも攻撃が通らないワケじゃないけどね。普通はここまでダメージ与えられないはずだから」

「……たまに考えたりしてたんだけどさ、勇者の善き力が魔皇や魔王の弱点になるって認識でいいのかな?」

「そういうルールっぽいね。ボクも詳しくは説明できないけど、善き力の結集である勇者は、悪しき力の結集である魔王とその配下に対して優位性を持ってるみたい。光属性と闇属性の上位版みたいに思えばいいんじゃない?」


 上位版、か。それなら光属性の魔法が多少効果が高いことも納得はできる。それよりも顕著なのが善悪ということだ。属性、なのかは不明だが。

 ……あれ、何か引っ掛かるな。思いつかなくてもどかしい。


「……来るよ!」


 ナギちゃんは僕に声を掛けてくる。アルフが三本の尻尾を振り回し始めたのだ。警告してくれたのは嬉しいが、地面にいる僕よりも滑空しているナギちゃんの方が危ない気がする。


「うわっ」


 とんでもないスピードで、尻尾の一つが僕めがけて振り下ろされた。慌てて避けるも、さっきと同じように棘の追撃が。


「――流水刃!」


 避け切れない分は剣で流す。一つ一つが、ともすれば剣が持っていかれそうになるほどの威力だ。

 防御中、心配になってナギちゃんの方を見たが、彼女は空中で器用に棘攻撃を躱し続けていた。


「――パワーショット」


 スキルを発動する際の反動を利用して、空中で位置を変えているらしい。最早身軽というレベルではなく、空を自由自在に飛ぶ鳥人間のようだ。

 攻撃の波が収まった途端、彼女は後方の壁にスキルを撃ち、反動でアルフの懐へ向かって飛び込んでいった。その動作がアルフには予想外だったらしく、僅かに遅れて彼女を掴もうと試みるも、その手は空を切った。


「――ビッグバスター!」


 リベンジするかのように、今度は至近距離から大技を放つ。光属性が付与されたビッグバスターは、まさにレーザー光線となってアルフの腹部ど真ん中を直撃した。激しい音と閃光、そして奴の背中にも細く光が抜けていく。どうやら貫通するほどの高威力だったようだ。

 流石はナギちゃん。


『グガアアッ!』


 だが、やられてばかりのアルフではなかった。今までの棘攻撃は、全力ではなかったのだ。攻撃を終え、アルフから飛び退いたナギちゃん目掛けて三本の棘が襲い、それを彼女は軽く躱したが、次の瞬間全ての棘が大爆発を引き起こした。


「ナギちゃんッ!」

「がふッ……」


 黒煙の中、ナギちゃんは頭から真っ逆さまに墜落する。僕は間一髪、そんな彼女を抱き止めて、すぐさま回復魔法をかけた。酷い火傷を負い、衣服がボロボロになっていたけれど、ハイリカバーのおかげで何とか傷は癒すことができた。


「っくう……油断したなあ」

「今のは……」

「要するに、棘の一つ一つにスキルが使えるんでしょ……げほっ」


 そう、考えるまでもなく当然のことだ。今の棘攻撃は、その一つ一つが弓術士のブラストショットだったということ。あれだけの手数があって、その全てにスキルが適用されているなら……アルフが全力で攻撃してきたとき、完璧に回避することなんて不可能に近いのではないか。

 体の芯には痛みが残っているので、ナギちゃんは足を震わせながら立ち上がる。白い肌や衣服には煤がついているし、おまけに背中の方はもう、ほとんど布地が残っていない状態だった。


「……あんまり見ないでよ」

「わ、分かってます!」


 戦闘なんだから、衣服が破れるとかはありがちなはずだ。誇張はあれど、ゲームや漫画ではそういうシーンがよくあった。むしろ今まで遭遇しなかったのが珍しいくらいなんだろうな。

 こういう場面でなきゃ意識してしまいそうなのだが、今はそんなことで油断してると本当に死んでしまう。

 しかし、いつも一緒にいるセリアではなくてナギちゃんだとは。……後で怒られないといいのだけど。


「……僕にもできるかな」


 さっき目撃した、スキルの反動による移動。それを試してみたくて、僕はアルフと逆方向に弓を引き絞る。そして斜め下に向かいパワーショットを放ってみると、なるほど衝撃がガクンと来て、僕の体は前方に飛んでいた。

 緊急回避のみならず、僕なら他の何かと掛け合わせて運用することもできそうだ。


「――剛牙穿!」


 アルフに接近したのをチャンスと、その体に剣を突き刺す。そこまでダメージに期待していなかったが、剣は太い足に突き刺さり、魔皇アルフに悲鳴を上げさせた。


「……うッ!?」


 刹那、横殴りに払われた尻尾が僕を薙いだ。咄嗟に二の型・剛で硬化したものの、まるでトラックにでも衝突されたような激痛が走る。壁に激突してずるずると滑り落ちた僕が、左脇腹にも痛みを感じて軽く触れると、そこにばっくりと裂傷ができていた。……尻尾の棘が当たっていたのだ。


「――ハイリカバー」


 アルフの攻撃はとにかく多彩だ。一瞬でも――特に今のような攻撃後の――油断を作るとまずいな。何となく弾幕シューティングという単語が頭をよぎった。


「棘は無限に出てくる……その棘は、八割方尻尾にあるんだよな……」


 三本ある尻尾をどうにか出来れば、アルフの武器を激減させられるのではと僕は考えた。

 中々ハードルは高いが、斬り落とせればかなり有利になるはずだ。


「ナギちゃん、尻尾は再生しそう?」

「落とすんだね、ボクもそれには同意。切断できれば再生はしないと思うよ!」

「おっけー!」


 尻尾はあの巨躯に隠されるような位置にある。尻尾攻撃してきたところをカウンターできるなら、なんとかなるか。

 奴が尻尾を出してくるまで、挑発を続けるのがベターかもしれない。

 身軽な武術士スタイルに切り替えて、僕はアルフの周りを駆け回り始める。勿論、隙があればどんどん攻撃は叩き込むつもりで。そしてナギちゃんは後方から、飛んでくる棘を対処してくれる役回りになってくれた。

 さっきはアルフの至近距離にいて尻尾攻撃がきたのだし、近過ぎると棘で自爆しそうだから尻尾で対処しているのだろう。さあ、その尻尾で僕を狙ってこい。


「――砕!」


 光属性を伴った拳は硬い鱗を打ち砕く。さっき剛牙穿で突き刺した場所へもう一度攻撃すると、アルフはその痛みにバランスを崩した。


『貴様アァ……!』


 予想に反して、腕が伸びてきた。捕まらないよう、僕は慌てて数歩退く。するとそこに無数の棘攻撃が。


「――トルネードアロー!」


 それは、僕の知らない弓術士スキルだった。九番目までを覚えているから、恐らくは第十スキル。ナギちゃんが放ったその技は、その名の通り矢を中心に強烈な竜巻を生じさせて突き進むスキルだった。竜巻は周囲のものを吸引しながら飛んでいくので、僕の方へ向かってきていた棘も全て吸い込まれ、木端微塵になった。

 あくまで棘の処理で撃ってくれたようだが、トルネードアローはアルフの肩を掠めていく。瞬間、腕が痛んで動かせなくなった奴は、最後の手段としてようやく尻尾を振り回してきた。

 ――今だ。


「――無頼剣」


 剣術士、十一番目のスキル。魔皇テオルも使用していた、剣影を出現させるスキルだ。出現数は使用者の能力依存だが、今の僕では五本ほどしか生み出せない。

 更に、ここからまだ本数は減るだろう。


「――斬鬼」


 手に持つ剣と、浮遊する剣影のどちらにも、斬鬼を纏わせる。すると想像通り、五本あった剣はたった一本になってしまった。……しかし、それでも十分だ。長さ四メートルはある長大な剣が二本、これでぶった斬ってやる。


『何――』


 突如として巨大な剣が二つできあがったものだから、魔皇アルフは慌てて尻尾を隠そうとする。しかし、もちろん時すでに遅し。二本の剣はもう、奴の尻尾を捉えている。


「はああーッ!」


 ブチブチというおぞましい断裂音が辺りに満ち、血飛沫とともに二つの尻尾が宙を舞った。棘だらけのその尻尾はべちゃりと地面へ落下すると、しばらくの間トカゲの尻尾のように痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。


『グアアァァッ!』


 痛みと怒りが混ざり合った絶叫が響き渡る。また鼓膜が破れそうになって、僕もナギちゃんも咄嗟に耳を塞いだ。

 よし、これで三本あるうちの二本は斬った。奴の攻撃手段をかなり削れたはずだ――。

 その達成感に喜んでいると。


「トウマ、尻尾がッ!」


 ナギちゃんの焦燥した叫びが後ろから聞こえた。……尻尾? 残っているのはアルフの後ろにあるから、攻撃なんてされていないのだけど。

 ……いや、そうじゃない。


「あ――」


 気付いたときには、成す術もなかった。馬鹿みたいだ、時すでに遅しなどと言っておきながら、一分もしないうちに自分たちがそうなるなんて。

 斬り落とした尻尾が――正確にはその棘の全てが、危険な光を放っているのが一瞬だけ見えた。それはすぐに広範囲の爆発を引き起こし、僕とナギちゃんは避けることもできずに巻き込まれた。

 体がバラバラになりそうな痛み。明滅する世界と意識。受け身もとれずに何度も何度も地面に衝突し、その度に喉から熱いものがこみ上げ、吐き出した。


「……あ……うぅ……」


 ようやく動きが止まって、僕は目を開ける。瓦礫と煙が埋め尽くす空間の中で、愉快そうに細められた魔皇アルフの双眸がハッキリと映った。……殺される。逃げないといけない。でも、体が言うことを聞かない――。

 こんなときなのにナギちゃんが心配になって、見える範囲で彼女を探した。彼女はあの一瞬で可能な限り尻尾から離れたらしく、僕ほど酷い状態にはなっていなかったが、それでもボロ切れのようになって壁にもたれかかっていた。意識を失っているのかもしれない。


『……ハハハハ……』


 アルフの高笑いが聞こえる。……肉を切らせて骨を断つ。そんな方法をとったわけだ。まさか、切断される直前にスキルを発動させておくとは……考えが甘かった。


『――死ネ』


 こんなところで、死ぬのだろうか。

 幾度も死線を潜り抜け、今度も大丈夫だと臨んだのに。

 こんなにも呆気なく、僕は死ぬというのだろうか。

 勇者の旅が、これで終わってしまうと……。

 勝利を確信したのか、ゆっくりと近づいてくる手。

 僕を掴み、食らおうとしているアルフの嬉々とした顔。

 僕はゆっくりと目を閉じ、涙を流した。

 走馬灯のように色んなことを思い出して――何度も浮かぶのは、やっぱりセリアだった。


 ――ごめん、セリア。


 せめて死ぬんだったら、君の傍で死にたかった。

 叶うのなら、君の笑顔がもう一度見たいんだけどな――。


「――ホーリージャッジメント!」


 世界に光が満ちた。

 その中心には、美しき十字架があった。

 眩き光は、ただそこにあるだけで悪しき者を焼き。

 魔皇アルフの表情は忽ち、苦痛に歪んだ。


「……あ……」


 聞き間違えるはずもない。

 それは、彼女のものだった。


「……勝手に死なないでよ、馬鹿」


 その瞬間の僕には、まるで彼女が女神のように見えた。

 だって、こんな風に現れて、救われて。

 優しく包まれてしまったら、そう思っても仕方がないじゃないか。

 僕は彼女の腕の中、回復魔法で治癒されていく。


「いなくならないって約束したでしょうが」

「……はは、そうだった」


 手も、足も動く。まだ全身がキリキリ痛むけれど、動けるようになれば問題ない。自分でも回復魔法を唱えられる。


「不甲斐ない勇者でごめんね」

「全くよ。やっぱり、私がいなきゃ駄目ね」

「……ん。ついててもらえるかな」

「当然。……ほら、立つのよ」


 彼女に支えられ、僕はよろよろと立ち上がる。それからすぐにハイリカバーを使って、治り切っていなかった傷を癒した。中身までは治癒できなくとも、これで十分に戦える体には戻った。

 本当に、危ないところだ。


「ありがとう、セリア」

「どういたしまして。……まあ、私も遅れちゃったから」


 というか、きっとまだ本調子ではないのだろう。居ても立っても居られなくなって、駆けつけてくれたのだ。

 そのおかげで、僕たちは助かった。


「ナギちゃんも助けなくちゃ」

「ええ。トウマの方が効果あるわよね。行ってあげて」

「うん」


 アルフはまだ、体中を襲う痛みに苦しんでいる。その間に、僕は急いでナギちゃんの元へ駆けつけ、ハイリカバーで傷を治癒した。


「……助かった、よ」

「だね。セリアのおかげだ」

「……ふふ。愛の力だね」

「な、ナギちゃん?」


 急に愛とか言われてしまったので、思わず声が上ずってしまう。せっかくいい場面なのに、セリアに変な目で見られたくはない。


「君たちの続けてきた長い長い旅が、こんなとこで邪魔されちゃいけない。……ふう、ボクもしっかりしないとな」


 ナギちゃんは埃を払い、ぴょんと飛び起きると、僕とセリアに向かって笑いかけてくれた。


「ありがと、セリアちゃん。悪いけど、ここから一緒に戦ってくれるかな?」

「ええ、そのつもりでここまで来たんだから」

「よし。あと一息だ、必ず勝つよ!」


 そう発破をかけると、ナギちゃんはクロスボウを構えた。


「……よろしく、セリア」

「まっかせなさい」


 ようやく、いつも通りの戦いが戻ってきた感覚だ。

 勇者と従士。僕とセリアの戦い。

 もう負ける気はしなかった。

 ただ勝利だけを見て――僕は再び剣を握り締めた。




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