5.ジア遺跡攻略②


 大きな衝撃音が、遠くの方で響いた。別ルートを選んだライノさんたちも、魔物と戦闘を繰り広げているのだろう。彼がハンマーを振り回す雄々しい姿が想像できた。

 こちらは今、どの辺りまで来ているのだろうか。少なくとも、中間地点は過ぎていてほしいところだ。

幸いにも、最初の分岐以降に分かれ道はまだない。通路の左右に小部屋はいくつかあったものの、顔を覗かせて何も無ければスルーできるし、迷ったり戦力が分散されたりすることはなかった。


「――フリーズエッジ!」


 敵が見えると、大抵はニーナさんが魔法で対処してくれる。長射程の攻撃は、魔物が何かを仕掛けてくる前に息の根を止められていた。

 長く続いた通路の先には、また広間があった。今度の広間はさっきよりも一回り面積がある。そして、待ち受けていたのは魔物の群れではなく……二体の巨大な魔物だった。


「オーガだ」


 セシルさんが眉間に皺を寄せる。その表情からして、彼ほどの腕前でも苦戦する強敵、ということか。確かに、今まで倒してきた雑兵たちとは明らかに格上の雰囲気があった。

 身長は三メートル近く、トゲ付きの棍棒を構えてこちらを見据え、唸っている。全身の筋肉が異常に発達しており、ちょっとやそっとでは傷をつけることなど叶わなさそうだった。

 人型なので、何となくジョイ=マドックの変質した姿を思い出してしまう。


「すまない、一体はそちらに任せる」

「いえ、今まで温存させてもらいましたから!」


 僕とセリア、セシルさんとニーナさんに分かれて、それぞれ一体を相手することになった。ここまで機会がなかったが、やっとこのヴァリアブルウェポンを使う場面がやってきたわけだ。


「やるぞ!」


 セシルさんが、右側のオーガに斬りかかる。攻撃を繰り出しつつ、もう一体のオーガから離すように誘導してくれているようだ。

 僕もぼうっと見てはいられない。補助魔法でスピードを増幅させて、左側のオーガへ突っ込んでいった。


「――剛牙穿!」


 スキル発動とほぼ同時に、ウェポンは剣の形状に変化する。そして切先が伸び切ったところで、攻撃を防ごうと出されたオーガの左腕に刺さり、易々とその腕を貫通した。


「わお! えらい武器使ってるやん」


 隣で見ていたニーナさんが、驚きのあまり使いかけていた魔法を止めてまでコメントしてくれる。セシルさんも目を丸くしていたが、サポートが来なくなったために余裕が無くなって、必死にオーガの棍棒攻撃を躱していた。なんだかちょっと申し訳ない。

 オーガは初撃をまともにくらったことに激昂し、力任せに棍棒を振り回してくる。僕はそれに対応するため、武術士の第三スキル、迅を発動させた。カウンターを狙う回避スキルではあるが、武器はすぐさまナックルに変化してくれる。後は隙を見つけて――打ち上げるだけだ。


「――爆!」


 収縮した魔力の炸裂。僕の一撃はオーガの皮膚を裂いた瞬間に爆発し、オーガの横っ腹を三分の一以上は抉り取った。あまりの激痛にオーガは悲鳴を上げ、バランスを崩して倒れこむ。


「変化する武器……そんなの聞いたことがないぞ」

「ヘイスティ=バルカンという鍛治師に造ってもらったんです」

「あのおっちゃんに? へえ、ウチのブレスレットもそうなんよ」


 やはり騎士団のお客さんはニーナさんだったのか。ブレスレットが武器というのは特殊だし、ヘイスティさんのような技術のある人でないと造れなさそうだもんな。


「よし、ウチもいいトコ見せんと」


 ニーナさんは腕捲りして、魔法発動のために精神を集中させる。そして、少し長めに時間をとった後、


「――フリーズエッジ!」


 高らかにスキル名を発し、氷の刃を作り出す。

 さっきよりも低級の魔法じゃないかと思ったのだが、ニーナさんはあえて低級魔法を選んだのだった。次の瞬間、氷の刃は二つに増え、四つに増え、そして八つに増えた。彼女の周りに生み出された冷たい刃たちは、その切先をオーガに向け、一斉に放たれる。

 オーガは魔法を防ごうとするも、腕で防御できたのは八つのうちほんの二つだけだった。残る刃はオーガの頭に、腹に、肢に突き刺さる。血飛沫が上がり、オーガは苦しみに呻きながら膝をついた。


「た、多重発動……?」

「そそ。慣れれば誰でも出来るんやけどね、ウチはこれが得意やから。でも、こんだけ分割出来るんは、ブレスレットのおかげやで」

「へえ、魔力を分割して貯めれるってことなんです?」

「そうそう、セリアちゃんの言う通り」


 こんな風に魔法を操る人もいるのか。スキルは決まっているけれど、その使い方は創意工夫次第なんだなあと、ほかの人の戦いを見るたびに思わされる。セリアも目から鱗だったようで、自分もモノにしようと、すぐにチャレンジしていた。


「――ヘルフレイム!」


 ポン、ポン、と僅かに時間差があって、二つの炎が倒れているオーガに襲い掛かった。一つは防がれ、一つは足先を焼く。成功とは言い難いが、決して失敗というわけでもないだろう。ニーナさんの言うように、慣れれば二重発動くらいは出来るのかもしれない。


「……どっちのオーガももうあと一押しだ。一気に決めよう」

「了解です!」


 セシルさんの言葉に、僕はそう返して武器を構えなおす。眼前のオーガたちは、どちらも立ち上がれずにいた。起き上がる前に、トドメを刺す。

 武器を剣に――ソードフォームとしよう――変えて、距離を詰める。そして、あと数歩で攻撃の届く圏内というところで、大地を蹴って大きく飛び上がった。


「――無影連斬!」


 僕とセシルさんは、シンクロするように同じスキルを使い、オーガに無慈悲な連続攻撃を浴びせた。もう防御態勢をとることも出来なかったオーガたちは、成す術もなく全身を斬り刻まれ、断末魔の叫びを響かせて――息絶えた。


「ふう、こんなもんかな」

「楽勝やったねー」


 セシルさんとニーナさんが軽くハイタッチをする。それを見て、セリアもやりたそうにしていたので、僕も彼女の前に手を差し出してあげた。ぱちん、とすぐさま手が打ち合わされる。


「いいコンビですね」

「いやいや、そちらこそ」


 セシルさんとニーナさん。どちらも手数が多いのが特徴だし、こういうボス系も問題なく対処出来るだろうが、殲滅戦なんかではもっと凄い戦いを見せてくれそうだな、と思える。

 ともあれ、戦闘は無事に終了したので、僕たちは先を急ぐことにする。この通路は、どこまで行けば終着点に辿り着いてくれるのやら。

 一本道ではあるものの、途中何度か通路は左右に折れた。原始的なトラップも幾つかあったが、もうそれには引っ掛かることなく、順調に進んでいく。


「……またか」


 三度目に通路を曲がったところで、セシルさんが呟いた。見ると、通路の先には小部屋がいくつもある。また、この小部屋から魔物たちがわらわら出てくるのだろうか。それを予想して、僕たちは武器に手を添えて警戒態勢をとった。

 セシルさんを先頭にして、じりじりと前進する。まずは最初の部屋。……魔物はいない。次の部屋も、やはり魔物はいない。……気配も感じられないし、ここはもう魔物が出払った後なのだろうか。


「もう、魔物側も戦力が尽きてきたか」

「かもしれませんね」


 油断は禁物だが、少なくともここはもうもぬけの殻のようだ。さっさと通り過ぎていいだろう。

 セシルさんもそれに同意し、僕たちは真っ直ぐ通路を駆け抜けていこうとしたのだが。


「……ちょい待ち」


 最後の部屋を通り過ぎようとしたとき、ニーナさんがそう言って僕たちを制止した。魔物がいる、というわけでもないはずだが、彼女はどうして待つように言ったのだろうか。

 ニーナさんが気付いた、部屋の奥にあるもの。それを確認しようと中へ踏み込むと……そこには。


「……え?」

「ひっ……」


 僕の口からは呆けた声が、セリアの口からは短い悲鳴が、それぞれ発せられた。そこにあったのは、予想もしていなかったものだったからだ。

 それは、人間の死体だった。


「まだそれほど日が経っていないな……」


 セシルさんはあくまでも冷静に、死体を観察する。彼の言葉通り、死体は腐敗もなく、死んでからまだ日が浅いようだ。部屋の隅に二体、まるで捨てられたように倒れていて、そのどちらもが中年の男性だった。

 ……しかし、どこかで見たような。


「ねえ、セリア」

「……トウマも?」

「うん。この人……」


 セリアも同意見ならば間違いない。死体の一つは、僕たちがあと一歩というところまで追いつめた、鍛冶屋放火事件の犯人だ。

 しかしどうして、そんな人物がここで死体になっているというのか。


「知っているのかい」

「ええ。前に、街の鍛冶屋が放火された事件があるじゃないですか。その事件を僕たちが調査したんですけど、そのときに逃げられた犯人なんです」

「ああ、その話なら騎士団にも届いとったな。あれ、二人が解決した事件やったんか。ようやったなあ」

「ああいや、それほどでも」


 急に褒められて、上手い返しが見つからずにオドオドしてしまう。もう少し適応力もつけたいところだな。


「残党がおるから警戒しとけとは言われとったけど……これがその残党っちゅうわけか」

「正確には、その成れの果て、だな」


 セシルさんは、悪人であろうと死者への祈りは欠かさない人のようで、静かに目を閉じ、手を合わせる。それを見て、僕たちもぎこちなくはあったけれど、彼と同じように黙祷した。


「魔皇の根城であると公表されていた場所なら狙われないだろうと、潜伏場所に選んでいたのかもしれない。盲点だった」

「しっかし、魔物にやられてたら世話ないで」

「ああ……」


 死体には、至る所に引っ掻き傷や噛み痕があった。魔物たちが寄ってたかって彼らの肉体を弄んだのだろう。ここに刻まれた無数の傷のうちどれかが、致命傷になったのか。


「……一つだけ、心臓を貫通している傷があるな」

「そうなん?」

「ああ。細い何かで貫かれたような……そんな魔物もいるんだろうか」

「うーん、どうやろね」


 その傷が魔物によってつけられたものでないなら……他に考えられる可能性としては、嫌なものしか浮かばない。


「彼らの所属する組織の、もっと上の人物が……処理した、か」

「まあ、あり得んことではないわな」


 セシルさんとニーナさんも、その考えがすぐに浮かんだようだった。何となく、僕もそれが正解のような気がする。

 これはいわゆる、トカゲの尻尾切りというやつなのだろうか。

 魔物たちの蔓延る、暗く冷たい遺跡の一室に、無造作に捨てられた二人の男たち……。流石に、それは哀れに思えた。


「事件の手掛かりは消えたかもしれんなあ」

「……ま、仕方ないさ。彼らが暗殺者だったとして、国王様の居場所は結局、誰も知らないんだ。私たちは今まで通り騎士の務めを果たしていくしかない」

「ん。そうやね」


 ニーナさんが珍しく神妙な面持ちで頷いた。楽天家のように見える彼女も、事件については真剣に考えていたのだ。グランドブリッジの視察に来たときからずっと暗殺者には警戒していたし、ここで真相への糸が切れるのはやはり悔しいのに違いない。


「今は切り替えよう。先へ進むぞ」

「は、はい」


 セシルさんが言ってくれたので、僕たちは気を取り直し、通路に戻って進行を再開する。

 終着点はきっと、もう近い。



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