4.ジア遺跡攻略①

「南東の方角、敵の姿を確認しました! 数は十!」


 馬車に備え付けられた通信機に、別の隊から連絡が入る。この声はアリエットさんのようだ。一番南側の馬車なので、敵影を見つけられたのだろう。セシルさんが了解と返し、他の隊からも同じく了解の返答。どうやら騎士団の通信機は、多人数での通話に対応しているようだ。


「隊長、一人下車します」

「ああ、任せた」


 打ち合わせたように、端に座っていた一人の兵士が素早く飛び降りる。そして、武器を構えて魔物たちの所へ走っていった。他の馬車からも一人か二人下車して、対処にあたっている。


「何というか、統率が取れてますね……」

「それがグランウェール騎士団だ。他国に決して劣ることのない、一人一人が優れた力を持つ部隊。それを誇りにしている」

「格好いいなあ。コーストンも見習ってほしいわ……何回目か分かんないけど」

「セリア、自国の悪口は言わない」


 普段は僕の役割だが、今回は隣にいたレオさんがツッコミを入れた。もしも僕がいなかったら、この二人がずっとこういうやりとりをしていたのかなあ、なんて思うのも何回目やら。

 この役割を誰にも譲る気なんてないが。

 最初の襲撃から五分と経たず、また魔物たちが群れを成して襲ってくる。今度の数はさっきの倍、二十匹程度はいて、セシル隊から三人の兵が離脱した。


「恐らく、敵も私たちの侵攻に気付いている。でなければ、こんな風に波状攻撃はしてこないだろう」

「僕もそう思います。これからまだまだ来るでしょうか」

「ある程度、戦力を削ぎには来るだろう。決着は遺跡で、とは思っているだろうが」


 数で劣り、地の利も魔皇側にあるというのは苦しいが、不利を覆せるくらいの力を、僕たちは持っているはずだ。怖気づく必要なんてない。


「おっと、前方に敵影! 数は二十!」


 セシルさんが通信機を片手に叫んだ。また、兵士たちが下りていく。

 ……そろそろ半分を越えたあたりか。今のところ、この馬車からは七人の兵士が離脱している。このペースで行けば、半分ほどはこのままジア遺跡まで辿り着けるのだが。

 中々思った通りにはいかないのが戦いだ。


「前方に敵さんだぜ。……数は、ざっと五十ってとこだな」


 ギリーさんからの通信。襲ってくる魔物の数は、一気に倍以上になっていた。これにはセシルさんも苦笑いを浮かべ、荷台の方を振り返る。


「十人、下ります」

「頼んだ!」


 ここに来ての大量離脱だ。だが、こういう事態も予測した上で、イヴさんとワイズさんは人数を決定しているのだ。最低限、主力が止まることなくジア遺跡に到着する。それで問題はない。


「遺跡は広いって聞いてますけど、どれくらいの規模なんですか?」

「昔、グリーンウィッチ・ストーンの調査団が隅々まで調べたようだが、セントグランの四分の一ほどの広さがあるようだ」

「げ、あの巨大都市の四分の一……」


 セリアが露骨に嫌そうな表情をするのに、


「建造物がある範囲全てで、ね。遺跡そのものはもっと小さいんだ」

「広場とか、そういうのが含まれてるわけか」


 レオさんが自分で言って頷く。


「目指すのは遺跡内部になるだろう。ボスが外で待ち構えていなければの話だが」

「了解です」


 遺跡内部も複雑な構造らしいが、とにかく手探りで進み続けるしかない。

 再度、魔物の襲撃。今度はライノさんから通信が入った。北東側から三十体ほど攻めてきているとのことで、五人の兵が対処にあたる。最初はぎっしり詰まっていた荷台も、今は結構なスペースが出来ていた。


「……もうすぐ到着だ。皆、覚悟はいいな?」


 もちろん、とばかりに僕たちは頷いた。前方を見れば、遺跡の輪郭らしきものが見え始めている。

 セントグランに来て一週間と少し。ようやっと、決戦の地へ到着だ。


 崩れた柱や壺の破片などが砂や土に埋まった、かつての広場らしき場所で、五台の馬車は停止する。そこからぞろぞろと残った者たちが出てくるが、その数はもう三分の一以下だ。

 そして……広場跡にも魔物たちが集まっていた。僕たちの登場を歓迎してくれている、というわけだ。


「ここは兵に任せ、私たちは遺跡へ侵攻する。行くぞ!」


 セシルさんの掛け声に、隊長たちが、おう、と叫ぶ。兵士たちは魔物の群れに立ちはだかり、その横を僕たちは駆け抜けていった。

 石造ながら、長い年月を経た今でも殆どヒビの入っていない外壁。まるで不思議な力に守られているかのような遺跡の中へ、侵入する。中にも魔物が待ち受けており、僕たちの姿を認めて戦闘態勢に入った。


「ゴブリンか。ここは我輩が」


 ライノさんが敵陣へ突っ込んでいく。そして自らの得物であるハンマーを構えると、唸りながら横薙ぎに払った。


「――一の型!」


 閃光と衝撃。三体いたゴブリンたちは、彼の一振りで扇状に吹き飛んで、壁面に激突する。その壁には大量の血が弾け、ズタズタの肉塊と化したゴブリンたちは、地面に墜落した。


「ぶ、武術士……?」

「ああ。ライノはハンマー使いだけど、武術士だ。珍しいタイプだが、上手くはまっている」


 確かに、今の一撃は強烈だった。第一スキルというのに、魔物はあんな姿になっている。ハンマーという重量のある武器では、スピードがある程度犠牲になることが多いだろうが、武術士のスキルはそれをカバーできるものが多いし、なるほど相性はいいのかもしれない。


「ふん!」


 奥にいたゴブリンのグループも、ライノさんのフルスイングで一瞬にして全滅する。とてつもないパワーだ。


「ぬっ」


 ライノさんのすぐ横を、何かが掠めた。僅かに遅れてその出所に目を向けると、いつのまにかギリーさんが弓を構えている。矢を発射したようだが、あまりの早業に目視出来なかった。


「ちょっと暗いから注意しねーと」


 ドサリ。通路の奥から、落下音が聞こえた。注視すると、大きなスパイダーの死骸が転がっている。その体には丸い穴が穿たれており、ギリーさんの放った矢が見事に貫通したことを示していた。


「助かった」


 まあ、ライノさんなら仮に攻撃を食らったとしてもピンピンしていそうだが。

 騎士団の隊長が勢揃いしている今、正直言ってただの雑魚敵ならいるもいないも同じような気すらしてきた。

 通路を進むと、道が二手に分かれていた。僕たちは八人、別々の道を行くなら四人ずつがベターだろう。


「我輩とギリー、アリエット、それにレオで行くとしよう」

「了解。では私たちで左を」


 セシルさんとライノさんは頷き合い、左右に分かれて走っていく。僕たちはセシルさんと行くことに決まったので、彼に続いて左のルートへ進んだ。


「また後ほど」

「はい、また!」


 レオさんの言葉を背に、僕たちは走る。

 直進してすぐ、小さな部屋が左右にいくつも並んでいた。そこからわらわらと、ゴブリンや小さな悪魔のような魔物が出てきて、僕たちの行く手を阻む。


「デビルかあ、ちょっと強なってきたな」


 ニーナさんがそう呟いて、魔物の群れに向かい両手をかざす。魔力の集中に呼応するように、彼女の右腕にはめられたブレスレットが淡い輝きを放った。


「――ブリザード!」


 魔法が発動した瞬間、通路は一瞬にして猛吹雪に包まれた。極小の粒はその全てが氷の刃であり、それによって閉ざされた空間内は生命を保てないほどの超低温と化す。

 ゴブリンもデビルも全員が等しく、戦闘態勢のまま凍結し、吹き荒ぶ氷の刃によってその身を削られ、やがて原型すら留めぬバラバラの破片となった。


「やっぱりニーナの術は心強いな」

「せやろ? 水魔法なら任せとき」

「あ、じゃあニーナさんは水が適性なんですね?」


 セリアが聞くと、


「そゆこと。まさしくクールビューティやろ」

「確かに冷たいですけど!」


 ニーナさんは、セリアの的確なツッコミに満足したように笑う。性格としては決してクールではないよなあ。明るいのが彼女の取り柄なのだから。


「っと、危ない」


 進み始めた途端、セシルさんが僕たちを制止して、鮮やかな剣さばきで飛んでくる無数の矢を斬って落とした。どうやら毒矢のトラップがあったらしいが、その発動に逸早く気付いて対処してくれたようだ。


「なんだか助けられてばかりで……ありがとうございます」

「なんの。こういう所の場数は、私たちの方が踏んでいるだろうからね。君たちは言わば魔皇討伐のスペシャリストだ。今は温存しておく方がいい」

「流石団長、格好良いです!」


 セリアが声高に言う。戦場の緊張感に、彼女もちょっと興奮気味なのかもしれない。セシルさんは大げさだと笑いながらも、満更でもなさそうに鼻を擦った。

 遺跡内部は他にも幾つかのトラップが仕掛けられていた。いつの時代に作られたものかは定かでないが、魔皇が知恵をつけて仕掛けたわけではなさそうだ。ただ、それを障害物として利用するくらいの知能はあるようだが。

 通路を進んでいくと広間があり、そこには大量の魔物が待ち構えていた。正確には数え切れないが、ざっと二十匹ほどは群がっているように見える。外敵の侵入に、魔物たちも全力で迎え撃ってきているのだ。

 奥にはまだ通路が続いている。素早く全滅させて先を急がなければ。


「セリアちゃん、水魔法いける?」

「大丈夫ですよ!」


 ニーナさんがよっしゃと指を鳴らし、セリアのそばに寄る。そしてタイミングを合わせながら魔力を集中させ、マギアルで僕たちがやったような、魔法の重ね技を発動させた。


「――ブリザード!」


 二人の協力魔法は凄まじい威力を発揮した。さっきのブリザードよりも効果範囲が二倍近く、広間のほぼ全域を真っ白に染め上げる猛吹雪と化す。下手をすると僕たちまで巻き込まれそうなレベルだ。二歩ほど後方へ飛び退いた後、つま先があった辺りまで雪の刃が侵食して少し冷や汗をかいた。

 魔物たちは、次々と氷の彫像になり、そのままかき氷のように削られていく。だが、為す術のない奴らばかりではなかった。ゴブリンにも魔法使いがいて、全員が防御魔法を張って何とか凌いでいるようだ。

 死の雪が終わったと同時に、雷魔法が飛んでくる。ゴブリンウィザードが反撃に転じたのだ。反応が遅れ、ニーナさんが間一髪直撃しそうになるが、それをセシルさんが盾で防いだ。魔法も防御可能な盾のようで、雷魔法は反射することもなく消え去ってしまった。


「――閃撃ッ」


 防御の姿勢から瞬時に剣を振るい、セシルさんはスキルを放つ。一つ、二つ、三つ、四つ……目にも止まらぬ早業で五つの軌跡を描くと、残っていたゴブリンウィザードは真っ二つに斬られ、鮮血を迸らせながら倒れた。

 初級スキルだからといっても、僅か一秒ほどの間に五発も閃撃を放てるとは、恐るべきスピードだ。しかも、補助魔法も使っていない。

 基礎能力に敏捷性という項目があるけれど、セシルさんはそれがずば抜けて高そうだ。僕も鍛錬していけば、ここまでの使い手になれるのだろうか。


「先を急ごう」

「……はい!」


 まだ終着点がどこかは分からない。ただ、道があれば駆け抜けていくだけだ。

 僕たちは魔物たちの残骸を避けつつ、先へと延びる通路を再び進み始めた。

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