7.不穏の足音③


 セントグランの東門を抜け、舗装された街道を真っ直ぐ東へ歩いていく。門のところで兵士に止められたが、コーストフォードの勲章を見せつつ事情を話し、にこやかに送り出してもらえた。

 ハンバー湖は、海から流入してくる水が溜まって出来ているようで、湖よりも東には、長い川があった。川の流域付近にも町村が幾つかあり、そこで生活する上で重要な水源になっているとのことだ。

 街道の左手側に、湖は見えてきた。ただ、周辺は平地ではなく、湖を底辺として少しずつ高くなるような、段々の地形になっている。規模もそれなりにあるため、下りられる場所を探して、魔物がたむろしているようなところを見つけることになりそうだった。


「思ったよりは入り組んでるわね」

「ひょっとしたら、段差の間に魔物の巣があったりするかもね。幅があるところじゃ、崖みたいになってるのもあるし」

「魔物は多い方が、狩りとしては嬉しいことだわ」

「うん。退屈はしなさそうだ」


 そうだ、と思いついて、僕は鞄から小さな道具を取り出した。それは他でもない、先日マギアルで受け取ったアナリシスの魔具だ。


「狩りを始める前と終わった後、これを使えば自分がどれだけ成長したか、簡単に分かるのがありがたいね」

「あ、面白そう! トウマには負けないわよ。伸びしろはこっちの方があるんだから」

「ふふ、望むところだ」


 経験値稼ぎをメインにした魔物退治は、考えてみれば初めてかもしれない。結構駆け足で旅してきたし、いつも依頼を受けてだとか、巻き込まれてということばかりだった。ゲームのレベリングは好きな方だし、サボらずにちょくちょくやっていかなくちゃな。

 まずは、お互いに魔具で現在の能力値を確認しておく。


≪基礎能力≫


 体力……148

 魔力……94

 攻撃力……106

 防御力……92

 魔法攻撃力……75

 魔法防御力……77

 敏捷性……93


≪熟練度≫


 剣術士……320

 武術士……248

 弓術士……160

 魔術士……183

 癒術士……200


≪最終ランク≫


 ランク……6


これが僕の能力値だ。マギアルで計測したときよりも少し伸びている。地下研究所での戦いで、僅かに成長しているようだ。魔具にはログを数件、自動保存する機能も備わっているようなので、特に書き取るようなことはせず、そのままセリアに渡す。


≪基礎能力≫


 体力……126

 魔力……120

 攻撃力……61

 防御力……72

 魔法攻撃力……112

 魔法防御力……93

 敏捷性……71


≪熟練度≫


 剣術士……0

 武術士……0

 弓術士……0

 魔術士……192

 癒術士……40


≪最終ランク≫


 ランク……3


「あ、やった。魔術士の熟練度、トウマを抜いてるじゃない。ランクも3になってるし」

「まあ、僕はそこまで魔法を使わないからね」

「それに、ポイントが高くなればなるほど上がりにくくなるみたいだし、やっぱり伸びしろ的には私が有利ね」

「うむむ……でも負けません」


 熟練度が高いのは、スキルを詰め込まれているからなわけだし、実際はセリアが思うほど、伸びにくいわけではないと僕は思っている。数字だけ見れば、三百を超えている剣術士なんかは確かに、上がりにくそうには見えるけども。やってみなけりゃ分からない、というやつだ。

 こういうことは初めてなわけだが、方法としてはある程度の距離を保って、それぞれ個別で魔物を倒していくことにした。能力の上がり具合もそうだが、お金稼ぎにもなるし、戦利品の数でも勝敗を競う。出来ればどちらでも勝ちたいものだな。

 時計を持ち合わせていないので、曖昧ながらどちらかが疲れたらそこで終了、ということにする。多分、一時間くらいは続けられるだろう。ちょうどいいくらいだ。


「じゃあ、行くよ」

「はーい」


 僕とセリアは別々の方向に走り出す。競争開始だ。一応、危機に陥った場合のことも想定し、狩場は目の届く範囲内にしておく。僕は湖に近い側、セリアは遠い側。段差はあるが、いざと言うときにはすぐに駆け上がれる程度の高さだし、問題はない。

 魔物は存外沢山いた。やはり殆どを占めるのは、水棲生物が魔物化したものだ。蛙やザリガニなどが巨大化し、凶暴になった存在。あまりに増え過ぎると、セントグランの近辺ということもあるし危ない。マルクさんが気にしていたのも頷ける。


「はあッ!」


 前方へ駆け、剣を閃かせる。抜き放った一撃で、茂みに潜んでいた蛙の魔物――トードを両断した。その隣に仲間がいたようで、発達した足で僕に向かって飛びかかってくる。


「――光円陣」


 上空でも、陣の中へ入ってきた敵は例外なく斬り刻まれる。顔から突っ込んできたトードは、その顔をザックリと斬られて吹っ飛んでいった。よし、これで二匹。

 素材の知識がないので、何を取れば価値が高いのかはさっぱりだったが、目玉とか足とかを乾燥させたら薬の材料になるとか、そんなところだろう。気は進まないけれど剥ぎ取り、最低限汚れをとってから鞄の収集品スペースに入れた。

 と、遠くの方で爆発音が轟く。セリアの魔法だ。あちらも派手に戦っているみたいだな。

 対抗心が湧き上がってくる感覚。久々に、オンラインゲームのパーティプレイを思い出して、気持ちが昂ってきた。負けていられない。

 ザリガニの魔物、クレーフィッシュは湖の傍にいて、僕が近づくと水中へ逃げ、そこから水鉄砲を噴き出して攻撃してきた。単純な敵ではないので多少厄介だが、僕も単純な戦士ではない。


「――スパークル!」


 逃げ込んだ湖に向かって、雷魔法をお見舞いする。そうすると、一匹だけでなく三匹も、クレーフィッシュが弾かれるように水中から出てきた。数は多いが、これ以上ないほどに無防備だ。範囲スキルで一掃できる。


「――崩魔尽ッ」


 殻は固いが、斬撃の威力はそれを凌駕していた。飛び上がったクレーフィッシュは地面に落ちることすら許されずに、空中で分解される。自慢の大きなハサミを使う機会もなかった。

 こいつの戦利品は、まず間違いなくハサミ部分だ。中々大きかったが、鞄の中に詰め込む。……もし戦利品が大量になったら、どこかにまとめて置いておくほうが賢いかもしれないな。入らなくなったらそうしよう。


「……よし、次だ」


 いちいち小休止していては、修練にならない。セリアに負けたくないし、全力でぶつかっていかなくては。

 僕はその後も、湖の外周を駆け回って、飛び出してくる魔物をバサバサと薙ぎ倒していった。能力値はまだ低いけれど、この程度の魔物なら、大抵は一撃必殺だ。スライムに足を焼かれた一番最初の自分を笑い飛ばせるくらいに、今は成長している。


「――大牙閃撃!」


 大地を這う、二対の牙。地面を抉り、辺りの敵を蹴散らして、突き進んでいく。技の威力、規模も確実に上昇しているし、何より使い方が上手くなった。数多くあるスキルの、どれを使えば効率がいいのか、段々と掴めてきているのだ。

 もっともっと、成長したい。その先に待つ景色を、早く見てみたいと、そう思える。

 一際大きな魔物の姿が見えた。クレーフィッシュではなく、どうやら蟹の魔物のようだ。周辺のボス的な奴かもしれないし、キングクラブと仮称しよう。

 キングクラブは巨大なハサミを巧みに操って、近場の魔物を掴んで捕食していた。高さは三メートル、脚を含めた幅はゆうに十メートル近くありそうな、ボスモンスターだった。


「トウマ!」


 気付けば、崖の上にはセリアが立っていた。ちょうど同じ位置で狩りをしていて、キングクラブを発見したようだ。


「一緒に倒そう!」

「オッケー、任せなさい!」


 こういうボスは、共闘して倒すのもいい修練になる。僕とセリアのチームワークの見せどころだ。

 セリアは崖から軽やかに飛降りた。ちょうど、僕とセリアでキングクラブを挟み撃ちするような位置取りだ。魔物は、突然現れた僕たちに戸惑い、忙しなくハサミを動かしている。

 甲殻類なので、こいつも武器は通りにくそうだ。さっきまでのクレーフィッシュとは格が違うし、ゴリ押しも難しいだろう。


「――チェインサンダー!」


 セリアが雷魔法を放つ。しかし、キングクラブはそれをギリギリのところで横っ飛びして躱した。どうやらカニらしく、横方向にだけは素早く移動できるようだ。雷魔法は高速だが、発動するのを予測していれば、確かに躱せなくもない。

 横歩きが得意な蟹の魔物。なら、攻略法は側面ってところか。

 速度向上のバフを重ねがけ、一瞬の隙を突いてキングクラブの真横に潜り込む。敵はその動きに気付いて脚を振り上げるが、ステップを踏むように避けていく。そして、振り上げた脚の関節目掛けて剣を振り抜いた。バチンという強烈な音がして、脚が二本、根本から吹っ飛ぶ。


「さっすが!」

「どうも!」


 片側の脚を半分失い、体制を崩したキングクラブに、セリアは今がチャンスだと追撃をお見舞いする。


「――ヴォルティックレイン!」


 横に逃げることも出来ず、キングクラブは雷の雨をまともに浴びることになった。その威力は凄まじく、硬い殻があちこち真っ黒に焼け焦げ、黒煙を上げるほどだ。周囲の雑草も、塵と化して跡形も無くなっている。


「――九の型・震」


 ボロボロになったキングクラブが、それでも動こうともがいているのを、武術士スキルで大地を隆起させて足止めする。両側の地面が壁のように突き出てしまえば、弱った状態のキングクラブには打つ手がない。

 これでチェックメイトだ。


「――無影連斬!」


 黒焦げで脆くなった殻は打ち破られ、キングクラブは無数の斬撃に沈んだ。もうピクリとも動かない。完全勝利だ。


「おつかれ」

「いえい!」


 セリアとにこやかにハイタッチを交わす。突発的な共闘でも、息の合った連携プレイが出来ているのは嬉しいものだ。すっかり気持ちが通じ合っているってところかな。調子に乗るなと言われそうだが。


「ボス級の魔物も倒したところで、今回はこんなところにしときますか」

「そうだね。良い区切りだ」


 まだ体力は残っていたが、時間もそれなりに経ったし、そろそろ引き上げる頃合いだろう。


「と、いうわけで」


 お待ちかねのアナリシスタイムだ。約一時間の狩りでどれだけ能力値が上がるものなのか。知っておけば今後、役に立つことでもある。

 さっきと同じく、僕から先に魔具を使用し、ステータスを表示した。


≪基礎能力≫


 体力……152

 魔力……95

 攻撃力……112

 防御力……94

 魔法攻撃力……76

 魔法防御力……77

 敏捷性……95


≪熟練度≫


 剣術士……320

 武術士……249

 弓術士……160

 魔術士……183

 癒術士……200


≪最終ランク≫


 ランク……6


 ……率直な感想としては、あまり変わっていないように見える。基礎能力は幾つか上がっているが、熟練度はやっぱり伸び悩むな。特に剣術士は、スキルを多用したのに一ポイントも上がっていなかった。こんなもんか。

 続いてセリアがステータスを計測する。



≪基礎能力≫


 体力……129

 魔力……124

 攻撃力……61

 防御力……73

 魔法攻撃力……117

 魔法防御力……95

 敏捷性……72


≪熟練度≫


 剣術士……0

 武術士……0

 弓術士……0

 魔術士……196

 癒術士……41


≪最終ランク≫


 ランク……3


「うんうん、やっぱり私の方が成長期って感じね」


 確かに、セリアの方が基礎能力と熟練度、双方がバランス良く上昇していた。元々の数値が違うと言ってしまえばそれまでだが、今回は潔く負けを認めよう。

 ただ、戦利品の方ではこちらが上だ。僕たちは互いに鞄の中から、剥ぎ取ってきた素材を取り出して並べていった。その数は、やはりこちらの方が多い。


「……セリアもかなり取ってるね」

「むー、でも負けたわ。やっぱり戦闘力はトウマに分があるわよねー」


 セリアは魔法による範囲攻撃が簡単に出来るので、多くの魔物が倒せたようだ。移動速度を上昇させるバフがなければ、もしかしたら戦利品の数でも劣っていたかもしれない。危ない、危ない。

 とりあえず、今回の勝負は何とか一対一の引き分けに終わった。まあ、正直言えばこうなるような気は、薄々していたのだけど。お互い清々しい気持ちで終われる結果なのは良かった。


「さ、帰ろうか」

「ええ。充実した一日だったわ」


 セリアはにっこりと笑う。


「……あ、そうそう、トウマ」

「うん?」

「そう言えば、なんだけど。この湖、他の人も狩りに来てるのかしらね」

「……と、言うと」

「雑草とか花とかが踏み倒されてるところが結構あったのよ。足跡っぽいのもあったし」

「あ……言われてみれば」


 狩りに集中していたので気にしていなかったが、思い返してみるとそんな場所が幾つもあった。最近誰かが立ち入ったのは間違いない。

 ギルドの人たちは、まだこの場所で魔物退治なんてしていないだろうし、グランウェール軍が駆除にあたったのだろうか。いや、魔物は沢山いたから、退治しに来たわけではなさそうだ。


「薬草集めとか、そういうのじゃないかな?」

「ん、それはあり得るかも。花が踏まれてたのは感じ悪いけどね」

「まあ、お金稼ぎが大事って人もいるだろうから……」

「あれだけ人がいっぱいの王都だもんなー。仕方ないか」


 文句を言いたそうな顔ではあったが、セリアはそれ以上何も言わなかった。少しずつ世間を知ってきているというか、大人びてきているというか。たまに保護者のようになる僕としては、嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだ。

 とにかく、ここでの狩りは終わった。成果にも満足だ。僕たちは互いを労いつつ、ハンバー湖を後にした。

 帰り際、湖を振り返ったとき、湖面に午後の陽射しが反射して美しく煌めくのが、しばらくの間まぶたの裏に残り続けるのだった。



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