6.不穏の足音②


「ふう、一仕事終えた後のご飯は、やっぱり美味しいわよねー」

「ショッピングも仕事なんだね」

「当たり前でしょ。すっごいエネルギー使ったわ」

「あはは……」


 洋食風の料理が中心のレストラン。僕たちはカウンター席しか空いていなかったのでそこへ座り、名前の響きで適当に料理を選んで注文し、運ばれてきた品々を美味しくいただいていた。

 セリアがさっき購入した装備品は、全て僕が持たされていたので、正直なところ僕の方がエネルギーを使っているような気はする。ただ、セリアに言わせれば品定めをする方がエネルギーを使うんだと、そういうことなんだろう。まあ、反論はしません。

 流石は王都の装備品店というべきか、セリアが買った服とグローブ、それに靴は全て強度が高く、販売員の説明によれば、生半可な武器では斬ることができないそうだ。その上、一般的な物よりも軽量化されていて、動きやすくなっているという。確かに、僕がここまで持ってきたけれど、それほど重たいとは感じなかった。セリアの品定めは正解のようだな。


「ヘイスティさんの装備かー。どれくらい凄いのかしらね」

「店内に幾つか並んでたのがあったけど、素人目にも鍛え上げられた剣だなあとは。何十年も鍛冶師をしてるベテランが造る剣なんだし、本当に楽しみだよ」

「しかし、ローランドさんが紹介してくれなきゃ、多分行かなかったわよね。外れにある鍛冶屋だし」

「おまけに中々強面な人だったのもなあ。ローランドさんにも感謝だし、やっぱり勇者グレンにも感謝だな」


 グレンについての謎は深まるばかりだが、僕に遺してくれたものが色々あるのは素直にありがたい。


「……よう、君たち」


 そこで、隣の席にいた客から、突然声を掛けられた。右手側にいたので、ひょっとすると手の甲にある紋を見られたのかもしれない。勇者に興味を持って声を掛けてきたのだろうか。


「昨日はお疲れさん。王城へ挨拶に行ったんだってな」

「え? は、はい。そうですけど」


 そんな情報が市民にも広まっているのかと、僕はびっくりしてしまった。しかし、話しかけてきたその男をよくよく観察してみると、彼が只者ではないことが分かった。

 黄緑色の髪はボサボサで、目はやや垂れ目気味。服を隠すように黒いローブを身に纏っているのだが、隣からだとその中が時折覗く。ローブと対照的な白の服。それは間違いなく、騎士団の正装だ。年は二十代後半、セシルさんと同じくらいに見える。


「突然悪かった。俺はギリー=ノール、騎士団の隊長をやらせてもらってる者さ。ちょいとばかし、勇者サマに声を掛けたくなってね。隣にお邪魔させてもらったんだ」

「そ、そうだったんですね。ええと」

「トウマくんにセリアちゃんだろ? ニーナの奴がペラペラ喋ってたから、覚えてるよ」

「あはは……なるほど」


 そうか、隊長ということはニーナさんやセシルさんの仲間ということだもんな。僕たちに関して詳しく知っていてもおかしくない。

 しかし、騎士団の隊長がこんなところにお忍びで来て、僕たちに話しかけてくるとは。……正直なところ、声を掛けたくなったというだけの理由ではなさそうな。


「で、ギリーさん? って、トウマにどんな用なんです?」

「げ」


 セリアが単刀直入に聞いたので、変な声が出てしまった。ただ、僕の心配は杞憂だったようで、ギリーさんはくっくと押し殺したように笑った。


「まあバレてますよねえ。話が早くて助かるけども。……こちらも単刀直入に言やあ、謁見の間で何を話したのか聞きたいのさ」

「はあ。王様には会えなくて、秘書のイヴさん、それから顧問らしいワイズさんと話をしましたけど」

い「王様って、びょう――」

「はいストップ」


 セリアが言いかけるのを、ギリーさんが手で制した。口の前に手を出され、セリアはハッとなって頬を赤らめた。


「勇者っつーことでそういう話もしてるわけだな。とりあえず二人が迎えた、と。遠征の話なんかは聞いたか?」

「はい。準備が終われば、騎士団と一緒に魔皇討伐に向かってほしいというような話でした。一週間以内には、と」

「そうかそうか。ま、俺も遠征に備えとけと言われてるからな。そのときはよろしく頼むわ」

「ええ。こちらこそ」


 ギリーさんは軽い感じで言いつつ、もう残り少なくなっている料理を口に運ぶ。それから、少し言葉を選ぶように視線を泳がせ、


「……イヴさんやワイズさん、王様の居場所なんて言っちゃあいなかったよな」

「いや、そこまでは。お二人しか知らないみたいですね」

「ああ。俺たち隊長にもそれは秘密のようでねえ。会わせてくれないのさ」

「ギリーさん、国王様に会いたいんですか?」

「……まあ、な」


 答えるギリーさんの声が、僅かにトーンダウンする。その声色には、どこか暗い感情のようなものが見え隠れしていた。


「王様に会って、何か話したいこととかあるんです?」


 セリアが訊ねると、ギリーさんは頭をわしわしと掻いて、


「そんなトコ。気長に待ってればいつかは会えるかと思ってるんだがねえ……中々。お二人が何か情報を聞いてないかと近づいてはみたが、やっぱり簡単にゃ漏らさねえか」

「国家機密ってヤツですもん、そりゃ」

「違いねえ」


 セリアの言葉に、ギリーさんはまたくっくと笑った。

 王様に会って話したいこと、か。騎士団の隊長とは言え、国王様とはそこまで縁もなさそうだが、一体どんな話がしたいのだろう。


「……ふう、食った食った。食事中にちょっかいかけてすまんね、お二人さん。ま、遠征前に話が出来たのは良かったよ」

「いえ、こちらこそ良かったです。ニーナさんとセシルさんとは話したんですが、他の隊長さんがどんな人か知りたかったので」

「怖い人だったら嫌ですからねー」

「はは、そいつは確かに。俺の他にはアリエットって子と、ライノさんがいるな。どっちも特に怖くはないさ、ライノさんはゴツいし基本口数少ない男だから、見た目はアレかもだが。まあ、この五人がグランウェール騎士団の各隊長だ」


 団長のセシルさんを筆頭に、ニーナさん、ギリーさん、アリエットさん、ライノさんで五人か。五ということは、各クラスが揃っているということかな。とりあえず、怖い人がいないらしいのはホッとした。


「んじゃ、俺はそろそろ仕事に戻らせてもらうとするわ。どうせ遠征前に会議とかあるだろうし、次会うならそんときかね。また会おう」

「あ、はい。また後日」

「さよならー」


 ギリーさんは、テーブルの上にお金を置くと、音もなく食堂を立ち去って行った。気配を殺すのに長けているようだ。声を掛けてきたときだって、まさか隣にいるのが騎士団の隊長とは思わなかった。ある程度強ければ、気配で分かるはずなのに。

 多分、ギリーさんは弓術士なんだろう。何となく、僕はそう予想してみたりもした。


「ギリーさん、か。優しそうだけど、ちょっと捻くれた感じもあったわね」

「あはは……斜に構えた性格というか」

「でも、王様に話したいことって本当、何なんだろ」

「さあね……」


 間接的にではなく、直接会って話したいことなんだろうし、決して軽い事柄ではなさそうだが。


「……まあ、あまり立ち入らない方がいいかな」

「そうね。どんな人でも秘密はあるもんよ」


 話しかけられた手前、気にはなってしまうけれど。

 僕たちには、深く立ち入る権利まではない。

 それから僕たちは、残りの料理をすっかり片付けてしまってから、代金を払って食堂を後にした。陽は高く、輝きの王都を痛いくらいに照らしている。


「まだ午後一時くらいだし、お昼はやることもないわね。どうしようかしら」

「セントグランに来てからまだ一度も体を動かしてないしね。魔物退治とか、そういうのが出来たらいいけど」

「うん、私も魔皇と戦う前に、体を動かしたいなと思ってたのよね。郊外に出てみようかしら」

「どうせなら、ギルドの依頼があればいいけどね」


 手伝いながら魔物を倒せれば、街の治安維持にもなるし経験と資金を稼げて一石二鳥だ。そう考えて、僕たちはヘイスティさんに会ったという報告も兼ね、ギルド支部へ戻ってみることにした。

 だが、思った通りにいかないのが世の常だ。再訪したギルドには、マルクさんだけが残っていて、他のメンバーはレオさんも含めていなかった。唯一残っているマルクさんも、眠たそうに書類整理に勤しんでいる。


「あ、トウマさん。戻ってらっしゃったんですか。……って、大荷物ですね」

「あはは、買い物帰りです」


 僕は簡単に、ギルドへ来たわけをマルクさんに伝える。すると、彼は困ったように笑い、


「あー、今日の依頼は全て終わっちゃったんです。ほら、レオさんが物凄いスピードでこなしちゃいましたから。他の方々はもう自由に過ごしてますし、僕も後はオフですね」

「ひえー……レオ、やる気あり過ぎ」


 まあ、レオさんだけでなくギルドメンバー全員が頑張っていたのだろうけど。この時間に依頼が全て片付いているとは、コーストフォードの二人が聞いたら羨ましがりそうだ。

 依頼がないなら、せめて魔物が増加している地域だけでも聞いておこうかと、マルクさんに質問してみる。彼は書類の束を壁面収納にしまいこむと、


「そうですね。セントグランを出て東へ少し歩けば、ハンバーという湖があります。被害はまだありませんが、最近魔物の数は増えているみたいで、依頼が入れば駆除しに行こうかと思っていたところですね」

「ハンバー湖、ですか。分かりました、ちょっと行ってみることにします」

「マルクさん、情報ありがとうございますー」

「いえいえ、依頼を提供出来ずにすいません」


 狩場を教えてもらえただけでも十分だ。滞在はそれなりに長期化しそうだし、腕を磨きたいときに行く場所が決まっていれば時間を有効活用出来る。

 マルクさんに感謝し、僕たちはギルドを出た。一度ホテルで準備を整えて、早速ハンバー湖へ行ってみることにしよう。


「お互い装備を新調するけど、一足先に私が試せるわね」

「僕は三日後だ、待ち遠しいよ」


 ヘイスティさんから装備を受け取ったときも、依頼が無ければまたハンバー湖に向かって、試し斬りすることになりそうだな。

 とりあえず、僕たちはホテルに戻った。部屋に着くなり、セリアは購入した装備品を袋から引っ張り出し、着替えを始める。目の前で服のボタンに手を掛けたときにはビックリしたが、流石に僕の前で脱ぐなんてことはせず、ボタンを外しながら浴室へ入っていった。時間がもったいなかったということだろう。

浴室から出てきたセリアの服装は、吟味しただけあって見た目にも可愛らしかった。魔法使いというよりは、魔法少女と言いたくなるような装いだ。特にフリルつきのスカートはよく似合っている。グローブと靴も、服と色を揃えてあるのでぴったりだった。これで実用性も抜群らしいのだから、大したものだ。


「ふふん、良いでしょ」

「正直、ツッコむところはないね……まあその、可愛いです」

「お、おう」


 ストレートに言われるとは思っていなかったらしく、セリアは照れて顔を背けた。それを若干狙ったところもある、というのは黙っておこう。

 ともあれ、セリアの装備を一新し、これで準備はオッケーだ。僕たちはすぐにホテルを出て、ハンバー湖を目指して街を東に歩き始めた。


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