5.不穏の足音①


 ギルドを後にした僕たちは、その足で鍛冶屋を見に行ってみることにした。正午まではまだ一時間以上あったので、確認してから付近で食堂を探し、お昼ご飯にするつもりだ。


「私も防具くらい整えようかしら。このままじゃか弱すぎるもんね」

「か弱……う、うん。そうだね」

「ん?」


 僕が引っ掛かったのを聞き逃さず、セリアがニコニコしながらこちらを睨んでくる。そういうところがか弱く思えないんだけど。……まあ、物理的には確かにか弱いよな、うん。

 ギルドのあった地区から、ホテルの方へ少し戻って来て、僕たちは目的の鍛冶屋バルカンを探す。雑貨屋、薬屋、アクセサリー屋など、数多くのお店が並んでいるし、競合店も複数あって、ここでの商売は大変だろうなと、見も知らぬ店主さんに同情したりしつつ、街路をゆっくり歩いていった。人通りは相変わらず激しい。

 セントグランには、というかリバンティアには住居表示のようなものがないようなので、教えられた住所はざっくりしたものだ。多分この辺りだとは思うのだが、土地勘もないし後は虱潰しだ。

 壁一面をガラス張りにして、豪奢な装飾の装備を展示している鍛冶屋があった。目は引かれるものの、こういう洒落たところではないはずだ。ちなみに、展示品であるロングソードの値札には、五十フォンドと書かれていた。……五十万円。お高い商品だ。

 中々目的地を見つけられないまま、人通りの少ない通りまでやってきてしまう。もう商業区域からも外れたかという辺りだ。引き返してみたほうがいいかもしれない。

 そんなとき、一つ隣の通りから、口論するような声が聞こえてきた。男同士での揉め事らしい。積極的に関わりたくはないが、気になってしまったので見に行ってみることにした。


「……何度も言うように、儂が死ぬまでこの店を明け渡すつもりはないぞ」

「ですが、こちらも何度も言うように、開発許可は下りているんですがね」

「どうしてそれが儂の許可なく下りておるんだと聞いてるんじゃろうが」

「はあ……それは私どもには、流石に」


 声を荒げている方は年老いた鍛治師、困り顔で話しているのはスーツ姿の男性だった。今のやりとりを聞く限りでは、店が建っている土地を巡って揉めているようだ。


「儂は今まで、書面を直接見たことがない。店を潰したいのなら、一度許可申請とやらを持ってきてもらいたいもんじゃ」

「……ふう。分かりました、今日は帰ります。また改めて、納得できる証拠を用意して参りますので」

「そうしてほしいもんじゃな」


 スーツ姿の男性は、形式的に礼をすると、そそくさと立ち去っていった。鍛治師の老人は、そんな男性の態度が気に食わなかったようで、荒い鼻息を立てて店に戻っていくのだった。


「……ねー、トウマ」

「うーん、かもね」


 優秀な鍛冶屋で、ご老人。まあ、ローランドさんが話していた人物像とは合致する。優秀かどうかはあくまで見た感じなので分からないが。とにかく、看板を確認してみることにしよう。

 店舗はかなり老朽化している。昨日目にした天文台のように、そこだけ時代に置いていかれたような印象だ。この場合は、店の主が変化を拒んでいるだけに思えるけれど。

 入口の引戸の上部には、掠れた看板が掛けられていた。鍛冶屋バルカン。……どうやら本当に、ここが目的の鍛冶屋らしい。


「ちょっと気が引けるんだけど……入ろっか?」

「うん。そうしよう」


 セリアの気持ちも十分理解出来たが、ここがギルドとニーナさん御用達の鍛冶屋だと言うのなら、行ってみるべきだ。僕は覚悟を決め、引戸に指を掛け、カラカラと開いた。


「いらっしゃい」


 店の奥から声が飛んできた。向こう側は作業場になっており、年季の入った炉や金床があるのが見える。店の主、ヘイスティ=バルカンさんは、それらに囲まれるようにして座り込み、今まさに剣を叩き直しているところだった。

 白黒まだらの髪はオールバック、垂れて邪魔にならないようバンドを額に巻いているらしい。口周りには髭が蓄えられていて、意外にも綺麗に切り揃えられている。暑さに耐えられるよう、服は半袖になっているが、その代わりに、分厚い手袋をはめていた。

 僕たちがおずおずと店内に入っていくと、彼は首にかけたタオルで汗を拭い、こちらに向かってくる。近くで見ると、その腕の太さがよく分かった。


「武器をお探しかい? こんな辺鄙な鍛冶屋によう来なさったな」

「ええと、ヘイスティ=バルカンさんですよね。僕たち、ギルドのローランドさんから紹介されてここへ来ました」

「はあ、ローランドが。珍しいこともあるもんだな」


 ヘイスティさんは可笑しそうに言う。


「僕はトウマ=アサギ。こっちはセリア=ウェンディです。僕たち、魔王討伐のために旅をしていまして」

「な、……何だと?」


 そこでヘイスティさんの目つきが変わった。僕の体を値踏みするようにジロジロ観察して、最後に右手を持ち上げる。


「勇者の紋……本物、みてえだな」

「え、ええ。まあ」

「そうか……とうとう来よったか」


 感慨深げに頷くヘイスティさん。その言葉には、長い間勇者を待ち続けてきたのだという重みがあった。


「ようやく、昔の恩が返せるってもんだ。……来てくれて良かった、ローランドには感謝しねえとな」

「あの……昔の恩、というのは」


 恩がある、というのだけは聞いていたが、この堅物そうなご老人にそこまで言わせるほどの恩とはどういうものだろう。気になったので、僕は訊ねた。


「なに、当時は儂も魔物と戦う剣術士でな。鍛冶師としても活動しながら、世界を旅していた。魔物を倒して素材を剥ぎ取り、それを自分の手で加工して装備を造る。戦いと製作、この二つを両立している人間があまりいなかったこともあって、儂の名はそこそこ有名だった」

「全部一人で出来ちゃうってことですもんね……それは凄い」

「今ではそういう奴も増えてきているようじゃがな。まあ、その頃は珍しかったおかげで、儂の造る装備は何年も予約待ちになるほどの人気だった。儂は、客たちの求める声に応えるため、必死になって素材集めに奔走したものだ。最良の素材は自分で狩って手に入れたいという信条もあったのでな、流通している素材を安易には使う気になれんかった」


 どうやら若かりし頃のヘイスティさんは、些かオーバーワーク気味なほど、精力的に活動していたようだ。自らの役目に、どこまでも直向きに突き進んでいける。それは、中々簡単に出来ることではない。


「その日も、一級品の素材を入手するべく、儂は凶悪な魔物の巣に独りで乗り込んでいった。決して自信過剰だったわけではないが、無鉄砲だったのは間違いない。その魔物は、儂だけで戦うには強すぎる相手だった。忽ち返り討ちに遭った儂は、圧し掛かってくる魔物を見つめながら、死を覚悟したよ」

「……そこに、勇者が?」

「そういうこった。勇者グレン=ファルザー。あやつが助太刀に駆けつけてくれなければ、儂は今頃、暗い洞窟の中で散乱する骸の一つになっていただろうよ」


 当時を回顧するように目を瞑りながら、ヘイスティさんは言う。なるほど、勇者グレンはまさしく命の恩人というわけだ。


「それで、その恩を返そうと、次の勇者を待っていたんですか」

「と、言うよりも。恩を返すなら次の勇者にしてやってくれと、そう言われていたのよ」

「……え?」


 今度はこちらが驚かされた。……つまり、今回もそういうことなのか?

 コーストフォードで出会ったランドル=モーガンさん。彼は勇者グレンに助けられ、次の勇者に稽古をつけてやってほしいと頼まれていて、それを果たしてくれた。ヘイスティさんも同じように、グレンから何かを頼まれていると、そういうことなのか。

 ギルドで話を聞いたときに、もしかしたらと思っていたけれど。……まさか、その予感が当たっているとは。


「自分には恩返しなど必要ないから、次に現れる勇者のために取っておいてくれとな。そういう訳で、儂は勇者を待っておったのさ」

「なるほど……」

「グレンさんって、トウマに色々遺してくれてるわね」


 隣でセリアが呟く。全く以てその通りだと思った。ランドルさんのことも、ヘイスティさんのことも。……それに、これは意図的に残したのかどうかは不明だけれど、コレクトで得た沢山のスキルのことも。数々のギフトが、グレンさんから僕に与えられる結果になっている。

 次なる勇者に託そう……か。

 あの一文は、意味深長だな。


「トウマと言ったな。お前さん、装備を整えたくてここまで来たんだな?」

「は、はい。その……僕、勇者の剣が抜けなかったんです。だから、市販の剣で戦ってきたんですけど、替え時かなって。それと合わせて防具とかも新調出来ればいいなって感じです」

「そうか……グレンの言った通りみてえだ。安心してくれ、もう殆ど完成するってとこなんだ」

「完成?」


 てっきり、売り物をそのまま提供してくれるのかな、などと思っていたのだが、どうやらヘイスティさんは、新しく装備を作ってくれているようだ。よもやそこまでしてくれるとは。とてもありがたい。


「すまんが、三日だけ待ってちゃくれねえか。もっと早くに作れれば良かったんだが、何分難しい一品でよ。……それに、ここのところ揉め事もあって、時間をとられてるんだ」

「あ……さっき、ちらっと聞いちゃったんですが。お店がある場所に新しい建築計画があったりするんですか?」

「おっと、聞かれちまってたか。この付近にはザックス商会のマーケットがあるんだが、そこを増築する計画が立ち上がったらしくてな。増築の予定地にこの店が含まれてるんだと。しかし、儂はあのスーツを着た男がやって来るまで、まるで知らんかったのだ」

「うーん、所有者にお伺いがなかったってのは納得いかないですね、確かに」

「うむ」


 それならヘイスティさんが憤慨するのも納得だった。一体その計画というのはどこまで進んでいるのだろうか。許可は取ったと言いつつ、実際はまだ取れていない可能性だってありそうだ。

 ……ザックス商会か。やはりセントグランで、揉め事を起こしているんだな。ジェイクさんに気をつけてと言われていたし、変なことには巻き込まれないようにしたいけれども。


「ま、とにかく三日だ。そんだけあればお前さんに良い武器を渡すことが出来る。少し待たせることになってすまんが、楽しみにしておいてくれ」

「いや、ここには長く滞在する予定なので。……ありがとうございます、過去の恩に報いてくださって」

「なに、命を救われてるんだ。その恩を忘れられる方がおかしいってもんよ」


 ヘイスティさんはそう言って、ニヤリと笑ってみせた。


「じゃあ、三日後にまた来ることにします。楽しみにしてますね」

「おうよ、それまでに満足のいく物を完成させてみせるさ」


 果たしてどれほどの剣が出来上がるのだろう。内心、物凄くワクワクしていた。早く三日が過ぎないかな、などと思うくらいに。

 こうして、三日後に再訪することを約束し、僕たちは鍛冶屋バルカンを後にした。セリアは勇者ばっかりずるいと拗ねたように言ったが、どちらかといえばグレンの置き土産みたいなものだし、ずるいと言われても、という感じだ。

 ただ、セリアの装備は決まらなかったので、他のお店で彼女に選ばせてあげることにした。ヘイスティさんは無料で装備を提供してくれるようだし、浮いたお金を彼女の装備に回すことが出来るのだから。

 近くには実用的な装備を売る鍛冶屋の他、見た目も意識した装備を売る販売店もあり、セリアは迷うことなく後者を選んだ。そこで防刃素材の服やグローブ、靴を買って、すっかりご満悦の様子だった。それなりの出費ではあったが、全然予算の範囲内だ。

 いつの間にか、時刻は正午を回っている。狭いエリアでショッピングしていたはずだが、気付けば一時間以上も費やしていたようだ。僕の装備もあてが見つかり、セリアの装備も整った。午前中の活動としては十分過ぎるくらいだろう。

 そろそろお腹も空いてきたので、僕たちは通りを移動し、食堂などが多く建ち並ぶ区域へと足を運ぶ。そして、美味しそうな匂いのするお店へ、誘われるように入って行くのだった。

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