10.さらば、コーストン


 僕たちはギルドを出た足でそのまま南エリアに向かい、ランドル邸までやって来た。いつ見ても大きいお屋敷だ。こういう家の呼び鈴を鳴らすという行為にちょっと緊張してしまう。


「いらっしゃいませ」


 使用人さんの声がしたので、僕は名前と用件を言う。するとすぐに使用人さんが出てきてくれて、扉を開いてくれた。

 案内されて、玄関ホールに入ると、そこには既にランドルさんとセレスタさん、それにケイティさんが待っていた。簡単に挨拶を交わすと、ランドルさんは僕たちを応接室に招いてくれた。


「聞きましたよ、勲章の授与が行われること」

「まさか自分が勲章なんかを貰える日がくるなんて、びっくりですよ」

「魔皇を倒した勇者様、ですから。本当に、全てが丸く収まって良かった。感謝しています」

「僕たちの方が。……昔からの約束。覚えていてくれて、ありがとうございました」


 グレン=ファルザー。一代前の勇者を通じて結ばれた約束、絆。それが与えてくれたものは、とても大きく、そして温かい。ランドルさんたちにも、グレン=ファルザーにも。心から、感謝していた。


「授与式が終われば、次はグランウェールを目指すことになるのだね」

「はい。グランウェール、ライン、リューズの順で時計回りに行くのが良いかと思ってます」

「そうだな。歴代の勇者も、基本的にはそういう回り方をしようとしていたようだ。道中、幾つもの障害に阻まれることにはなるわけだが」

「ハプニングにも気を付けなくちゃいけないですよね」

「うむ、落ち着いて行動することが大切だ」


 セレスタさんがアドバイスをくれる。いつでも落ち着き払っている彼に言われると、説得力があった。男としても、冷静さは魅力の一つだろうし。


「あなたも落ち着きがあった方がいいかもしれないけど……どうかしらね」

「ちょっとケイティさん。それどういう意味です?」


 ケイティさんに諦めたような目で見られて、セリアは頬を膨らませる。そういうところも落ち着きがないって言われる所以だと思うのだが。まあ、では感情を殺すのが上手かったらと想像すると、それはもうセリアじゃないような感じもする。少なくとも僕は、喜怒哀楽の多い彼女だからこそ、惹かれるのだ。

 ただ、こと戦闘においては確かに、ケイティさんの言うことは尤もだろう。その辺りは、経験を積んでいけばきっと変わっていくはずだ。


「グランウェールまでは、どういう移動手段で行くつもりで?」

「まあ、のんびり馬車で南下していこうとは考えてますけど」

「なるほど。飛行船を使うかと思っていましたが、その方が勇者の旅としては良さそうですね」

「ああ……飛行船か」


 この世界にも、空を飛んでの移動手段は一応あるようだ。飛行船、というワードからするとかなり原始的な乗り物ではありそうだが、馬車よりは断然早いだろう。

 ただ、安易に楽な乗り物で移動するのにも抵抗はあった。その気持ちは、ランドルさんも分かってくれているらしい。


「ランドルさんの言う通り、勇者の役目として色んな町を巡りたいので、空路よりは陸路を選びたいです。緊急の用があって遠くに行かないといけないとか、そういうときには飛行船を利用するでしょうけど」

「空港は各国の首都にしかありませんし、世界をぐるりと巡るなら、陸路の方が得られるものもきっと多いと思いますよ。勇者としての旅、ここから応援させてもらいます」

「ありがとうございます。沢山の人の思いに応えられるよう、これからも頑張っていきます。ここでのことを忘れずに、力に変えて」

「頑張ってください。お気を付けて」


 ランドルさんが手を差し伸べる。僕らはまた、握手を交わした。出会ったときと別れるときで、握手の意味はこうも違ってくるのだなあと、こみ上げるものを感じながら。

 そろそろ帰る旨を告げると、ランドルさんたちは外まで見送りに付いてきてくれた。広い庭園を抜けて、門をくぐり、振り返って三人に礼をする。


「それでは、また」

「ええ。次にお会いするときは、もっとコーストフォードが平和になっていると思います」

「それが、ランドルさんたちの役目ですね」

「お互い、困難を乗り越えていきましょう」


 僕とランドルさんは頷き合う。これもまた、約束だ。


「……トウマくん、最後に一つだけ」

「はい?」


 セレスタさんが僕を細目で見つめながら、呟く。


「……神は君の行く先を気にかけているようだ。何が待ち受けているかは分からないが……幸運を」

「えと……はい。ありがとうございます」


 突然不思議なことを言われたので面食らったけれど、それもまたセレスタさんなりの忠告なのかもしれない。意味は分からずとも、僕はとりあえず頷いておいた。……神、か。まあ、僕みたいなイレギュラーなら確かに、神様からしても気になる存在ではありそうだ。

 こうして別れの挨拶が終わり、僕たちは邸宅を後にした。時刻は十一時半、そろそろ食事処を探してもいい頃合いだった。

 商業区域までぶらぶらと歩いていって、美味しそうな喫茶店を見つけ、そこで早めのランチを楽しむ。種類の多いサンドイッチが売りの店だったので、幾つか注文してセリアと分け合った。一番美味しかったのは、王道だが分厚い卵焼きの入ったサンドイッチだった。

 コーヒーをおかわりしつつ、まるでデートみたいなひとときを過ごしていると、いつの間にか時計は午後一時前を指している。平和で満たされた時間というのは、こうも早足で過ぎ去ってしまうものなんだなと、しみじみ思った。


「そろそろ、大公城へ行こうか」

「あ、そうね。行きますかー」


 勘定を済ませて、僕たちは喫茶店を出る。そこから目的地の大公城に目をやると、城は陽光に照らされて美しい姿を見せていた。

 城は美しくても、そこにいるのは私利私欲の汚い主。皮肉なものだ。これから会いに行く人物に対して、そんなことを言うのは悪いけれど。

 大通りを歩いて、大公城の入口へ。そして入口を警備する兵士さんたちに、勇者が来たことを告げると、エリオスさんが言った通り、今回は止められることなく、すんなりと入ることが出来た。兵士さんも心なしか、ようやく拒まずに客を迎え入れられたことに安堵しているようにも思えた。

 

「待っていたよ、二人とも」


 ホールには、エリオスさんが待機していた。僕たちがやって来るとすぐに挨拶をくれ、謁見の間までエスコートしてくれる。他の守護隊の姿はなかったが、皆忙しくしているのだろう。特にソフィさんは、また執務室に籠って雑務をこなしていそうだ。

 階段を上がり、大きな扉の前までやって来る。エリオスさんが兵士に命令し、兵士が扉を叩いて、勇者の来訪を中にいる大公に告げた。しばらくすると、低い声で入室を許可する返事が聞こえてきて、扉は開かれた。

 エリオスさんと一緒に謁見の前へ入る。奥にある椅子に、ヴァレス大公は片肘をついて座っていた。一昨日謁見したときとまるで変わらない、偉そうな座り方だ。逆によく同じ座り方を続けられるなと感心してしまう。


「よく来た。此度は我が命に従い、魔皇を討伐してくれたこと、感謝しておる」

「はっ」


 我が命に従い、とわざわざ言うところがずる賢い。まあ、それは最初から分かっていたことだが。


「その功績を讃え、ここに名誉勲章を授けよう。有難く受け取るが良い」

「はっ」


 適当に相槌を打っておいて、そばの兵士さんが持ってきてくれた勲章を、恭しく受け取る。勲章は小さいながらも精緻な造りをしていて、散りばめられた綺麗な宝石が、国旗を象っていた。一目でコーストン公国の勲章だと分かるようなデザインだ。


「これからも精進せよ。一刻も早く、世界から魔物の脅威を払えるようにな」

「畏まりました。必ず」


 言っていることは間違いではない。それが保身ゆえの発言でなければ立派なのだが。


「では、下がってよい」


 ものの数分で、授与式は終わる。式と呼べるものでもなかったような。……あまりお堅いのは嫌だったから、全然構わないのだけど。

 深々と頭を下げてから、謁見の間を出る。エリオスさんはお疲れ様、と労ってくれ、僕の背中をポンと軽く叩いた。


「良い物を貰ったと思っておきなよ。曲がりなりにも、それはコーストンの正式な勲章だ。仮に君を勇者と信じない者がいたとしても、その勲章は信じるはずさ」

「ああ……なるほど」

「そう考えると便利かもしれないわね」


 エリオスさんには、勇者の剣が抜けなかったという事情まで説明していないが、実に良いことを言ってくれた。そもそも僕は異世界から来た人間だし、身分を証明するものがない。これは自分の身分を示すものとして、この上ない証拠になるだろう。うん、良い物を貰った。

 勲章を無くさないよう、しっかり服に取り付けてから、階段を下りていく。すると、右手側の廊下から仏頂面の男が歩いてくるのが見えた。ドランさんだ。


「ドランさん。昨日はありがとうございました」

「トウマとセリアか。……そうか、勲章の授与があるとか」

「貰いました。相変わらず態度はアレでしたけど、旅の役には立ちそうです」

「……ふん。それは良かった」


 彼も相変わらずつれない態度ではあったが、僕との話を嫌がっているわけではなさそうだった。こういう人なのだ。

 ただ、そんなドランさんに、エリオスさんは真剣な眼差しを向けていた。何となく違和感を抱いて、僕もセリアも彼の方を見てしまう。


「ねえ、ドラン。せっかくだから聞いてもいいかな」

「……ん?」

「君……地下通路のことを知ってたのかい」

「……」


 そうか。エリオスさんも薄々、気付いていたわけだ。僕たちが城に侵入してきてしまったとき、隠し扉の付近にドランさんがいたのは偶然ではなかったと。魔物が街に現れたという情報を聞いたとき、その場所を調べられたのには理由があるのだと、察知していたのだ。


「昔、父上から聞いたことがあるんだ。魔物に壊滅させられたウルキアから、たった一人だけ生き延びた女性がいたと。その女性は身籠っており、コーストフォードで双子を生み、それから数年後に亡くなったそうだ」

「……」

「いや……そこまではいい。忘れてくれ」

「……ふん」


 ドランさんは、鼻を鳴らして僕らに背中を向け、玄関扉から出ていく。そのときに小さく、こう言い残した。


「……そんな奴がいたなら、さぞかし恨んでることだろうよ。大公を」


 後には、寂寞だけが残った。


「……すまないね、突然変なことを言って。あいつに、ちょっとばかし聞いておきたかったんだ」

「いえ。エリオスさんも、悩んでたんでしょうし」

「はは。守護隊は人数も少ないし、あいつとは嫌でも長い付き合いになってしまっているからね」

「心配になる気持ちは、とても分かります」

「素敵な友情ね」


 エリオスさんは頬を掻き、照れ笑いを浮かべる。全く、純真な人だ。


「ウルキアでの戦いで、色々思うところもあったんでしょうけど……ドランさんのこと、見守っててあげてください」

「ああ。俺は一応、守護隊のリーダーだからね」


 任せておけとばかりに手で胸を叩いて、エリオスさんは言った。ベタなのであまり格好いいとは言えない仕草だったけど、リーダーらしさはちゃんとあった。この先どんなことがあっても、そのリーダーらしさを発揮していってほしいものだ


「じゃあ、これからも頑張りなよ」

「はい。エリオスさんも」

「どうも。……アルマやソフィさんには、俺の方から伝えておくから」

「ありがとうございます。やっぱり忙しいのよねー……」

「ま、だらけてる大公の代わりに、だね」


 そこで僕たちは一頻り笑う。


「この街で得たものが君たちの力になることを、願ってる」

「十分になってますよ。……ありがとうございました」


 感謝の言葉とともに、ひとときの別れを告げる。

 そして僕たちは、大公城を後にした。





 その日はもう、時間も午後四時を過ぎていたので一泊しておくことにして、ホテルでの最後の夕食を楽しみ、お風呂に入ってぐっすり眠った。

 溜まった疲れがすっかり癒えた翌日。いよいよ僕たちは、長らく滞在したこのコーストフォードから、旅立っていく。

 期間にして一週間ちょっと。冒険を始めてから、一番長く留まった街だった。魔皇がいたから長くなって当然なのだが、やはりずっと過ごしていると愛着が沸いてしまうものだなあと思う。

 南エリアにある停留所。今までの街とは比べ物にならないほど、馬車便は整備されていた。コーストン各地へ向かう馬車があって、知らない名前の街へ行くものも沢山あった。旅のルート上、そこへ行くことは出来なかったが、いつか自由に旅が出来るようにでもなれば、一度は訪ねてみたかったりする。


「次の目的地は……グランドブリッジね」

「うん。コーストンとグランウェールを結ぶ、大いなる架け橋。そこを抜けて、とうとう隣国グランウェールだ」


 次なる国。次なる魔皇。旅は増々過酷なものになっていくかもしれないが、それは同じくらいのときめきも併せ持っている。新たな地では、一体何が待ち受けているのか。それを想像すると、怖くもあるし楽しくもあった。

 グランドブリッジ行きのチケットを買い、馬車のところへ向かう。既に準備は出来ていて、乗り込んだらすぐに出発できるようだった。少なからず名残惜しさを感じながらも、僕たちは馬車に乗り込む。


「さらば、コーストン……だね」

「ね。長い間いた気がするわ」

「実際、長かったよ。色んなことがあった」

「色んな人に、出会えたわ」

「うん。人との繋がりって……良いね」

「ふふ。何言ってるのよ、トウマ」

「あはは。ちょっと感傷的になっちゃったかも」

「でも、気持ちは分かるわ」


 まさか、ひきこもりだった自分がそんな台詞を呟く日がこようとは。過去の自分に伝えたとしても、絶対に信じてもらえないだろうな。いや、まず異世界転移なんてもの自体を信じてもらえないだろうけど。

 誰かと交流すること。誰かと切磋琢磨すること。こんなにも心を動かされる、素敵な営み。

 あの世界では掴めなかったことだけれど、この世界では。大切にしていきたい。

 馬車は速度を上げてメインストリートを駆け、入口の門を抜ける。コーストフォードを出ていく。

 ……最後に街の姿を目に焼き付けたくて、二人で振り返ると、そこには。


「……みんな」


 アーネストさんにミレアさん。ランドルさんやセレスタさん、ケイティさんも。

 守護隊の四人まで、きっと仕事中だろうに、集まってくれていた。


「はは……出発する時間なんて伝えてなかったのに」

「ランドルさんね、きっと。停留所の人と連絡を取ってたんだわ」


 それならあり得そうだ。でも、すぐに集まってくれるだなんて。

 皆との交流を思い出していたまさにそのときだったから、嬉しくて。


「……目が潤んでるわよ、トウマ」

「そういうセリアだって」


 どうやら僕もセリアも、思いは一緒らしい。

 だから、たとえもう見えないのだとしても、手を振って、彼らに合図することにした。

 ありがとう、みんな。この繋がりは、決して忘れたりはしない。

 ここで得られた沢山の思い出は、僕たちの宝物だ。

 さらば、コーストン。

 また、いつか全てが終わったら。

 再会を祝って、語り合うとしよう。

 それまでの、暫しの別れだ。

 僕たちの旅は、まだまだ続く。

 全ての闇を振り払う……その日まで。



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