5.畑を荒らすもの
ウェルフーズの武具屋も、イストミアと規模は同程度だった。魔王のいない平和な期間は殆ど魔物も見かけないらしく、大層な装備は誰も買わないようだ。
一番良い防具は、鉄で作られた鎧だったのだが、それは重過ぎて僕には合わなかったので、生地の裏に、しなるくらいに薄い鉄板が縫いつけられた服を買うことにした。一応軽い斬撃なら耐えられる強度のようなので、多少の防御力アップには寄与するだろう。
服と合わせて、 靴も動きやすいものを買うことにした。足を攻撃されることも多いとのアドバイスで、これも先端には鉄板のついた、けれども布地は軽い素材の靴を選ぶ。この二つで、値段は三フォンドと四十シリン。やっぱり身に着けるものはそれなりの値段がするなと実感した。
「まだ余裕があるとはいえ、もう三分の一くらいは使っちゃったか」
「商売の町でもあるから、いくら勇者と言っても宿以外はタダでってわけにはいかないしねー」
「宿のお爺さんが優しかっただけありがたいけどね。あそこ、本来ならいくらくらいしたんだろ」
「うーむ、三フォンドくらいはするかもしれないわ」
三万円、か。スイートルームだと考えると、妥当な金額だな。それが浮いたのだから、感謝しないと。
そんな優しいお爺さんの宿へ僕らは一度戻り、購入した品々を整理していくことにする。とは言っても、互いのリュックの容量を見ながら、どんどん詰め込んでいくだけなのだけど。
適当な作業は十分ほどで片付き、防具の装備も終わり、気付けば時間はお昼前になっていた。
「次の町まではどれくらいあるんだろ」
「そうねー、さっき買った世界地図を見た感じじゃ、徒歩で二日くらいはかかるかも」
「野宿必須か……」
「でもほら、馬車があるから。あれに乗れば半日くらいで着くはずよ」
「あ、そうだった」
農作物の運送用としか考えてなかったけれど、あの馬車で人も運んでるんだな。それなら野宿までする羽目にはならないか。
「町の人から話を聞いてみて、魔物の被害が無ければ出発する?」
「そうしようか。馬車が利用できるなら、昼過ぎに出てもその日のうちに次の町へ行けそうだしね」
「はーい。じゃあその方向で。そろそろお昼ご飯を食べましょ」
「セリア、それ楽しみにしてたでしょ」
「悪い?」
「いえ、全然」
……食い意地が張ってるって仄めかしてるように聞こえてしまったんだろか。ちょっとだけ怖かった。
今度はセリアがオーナーのお爺さんに連絡して、昼食を運んできてもらう。そして相変わらず美味しい料理の数々に感動して、お腹を満たした。一応お爺さんには、今日ここを発つかもしれないと告げ、最後に鍵を返してもらうことさえ忘れなければいつでも出てもらって大丈夫だと了解を得た。
少しだけ休憩して、昼の一時になってから、部屋を出る。最低限の薬だけをポケットに入れ、鞄などの荷物は置きっぱなしにしたが、すぐに町を発てるよう、片付けはしておいた。きっとお爺さんが綺麗に清掃してくれるのだろうけど、せめてもの恩返しだ。
「……おや、旅の方ですか」
「はい?」
階段で一階に下りようとしているとき、二階の廊下から声がかかった。見ると、すぐに牧師だと分かる服装をした、恰幅の良い男性の姿があった。部屋の中なので帽子は被っていないが、それでも風格を感じる。
「ああ、すいません。三階を使う方がいるとは思わなかったので」
「あ……ですよね。高いみたいですし」
タダで使わせてもらってると言うのはなんだか気まずい。隠しておこう。
「どこを目指してらっしゃるんでしょう」
「えと、とりあえずは公都に行こうかと」
「ほうほう。魔物が活発化して、大変な時期ではありますが、楽しめれば良いですな」
「ええ、ありがとうございます」
言葉遣いも表情も優しい。やはりそういう身分の人は、優しい性格でなければ務まらないのだろうな。
「何でも、この町では今日も獣たちが畑を荒らしていたとか。西の農地で皆さん嘆息を吐いてらっしゃいました」
「え? それ、本当ですか?」
「事実です。どんな魔物も、魔王が復活すれば狂暴になる。嘆かわしいことですな」
「……ですね。教えてくださって、ありがとうございます」
「いえ。……私はヒュー=アルベインと申します。失礼ですが、お二人は?」
「僕は、トウマ。トウマ=アサギです」
「私はセリア=ウェンディよ」
「ふむ。良い名前だ。……お引止めして申し訳ない、またどこかでお会いする機会があれば」
「はい。それじゃあ」
僕とセリアは頭を下げて、ヒューさんと別れた。彼は僕たちの姿が見えなくなるまで、ずっと静かに見送ってくれていた。
「今の、町を巡ってくれる牧師さんなのかな」
「ぽいわね。良い情報をくれたわ」
「だね。農地まで行ってみよう」
農地は西にあるようだ。僕とセリアは、心持ち早歩きになって、ヒューさんの言っていた農地を目指した。
市場を抜け、町の入口広場を通り、看板に書かれた方角へ進む。やがて広い面積の田畑が一面に広がる場所まで出た。この一帯が農地のようだ。
十字路の辺りで、鍬を片手に途方に暮れている男性を見つける。あんな風に肩を落としているということは、魔物の被害に遭った可能性が高そうだ。僕たちはすぐ近づいていき、男性に声を掛けた。
「すいません、魔物が畑を荒らしたって聞いたんですが……」
「ああ、この辺一帯は全部荒らされちまってるぜ……。お前さんたちは?」
「私たち、イストミアからやって来たんです。今回の勇者なんですよ」
「ゆ、勇者様だって!? ……にしてはちょっとばかし頼りねえ感じもするが……」
「見た目はそうかもですけど! とにかく、魔物の情報とか教えてもらえませんか? 私たちで出来る限りのことはさせてもらいます」
勇者だとしっかり認めてはくれなかったものの、他に頼れる人もいないと思ったようで、男性は僕らに今朝の出来事を説明してくれた。
「俺は農家の中でも早めに作業を始める人間なんだがよ、早朝ここへやって来たら、作物が無残にも食い散らかされてたんだ。魔物だとピンと来て、周囲を観察してみたらよ、町の外へ続いてる、幾つかの足跡が残ってたんだ。掠れちまってたが、間違いない。あれは西の森に帰ってった足跡だぜ」
「西の森……」
「ウェルバルト森林のことですね? 確か、ここで使ってる水は全部、森から引いてきてるんでしたっけ」
「お嬢ちゃん、良く知ってるな。まあコーストン国民なら割と常識か。あそこは魔王がいない時期でも、魔物が住み着いてる場所だからよ。魔王が復活してる今は、かなり危ない場所になってるはずだ」
ウェルバルト森林、か。確かにこの人の言う通り、そこが魔物の棲み処に違いなさそうだ。作物を食い散らかすなら獣だろうし、森にはその種類の魔物が溢れていてもおかしくない。
「ちょっと遠いがギルドにでも魔物退治を要請しようと思ってたんだが……お前さんたちに頼んでも大丈夫なのかい?」
「頼りないかもしれませんが、きっちり魔物を倒してきます。情報、ありがとうございました。行ってきますね」
「待っててね、おじさん! 作物の仇はとって来るわー」
「お、おう……頼んだぜ!」
最後まで困惑しきった顔をしていたが、おじさんは結局、僕らを信じることにしてくれたようだ。その期待には、ちゃんと応えたい。
そんなわけで僕とセリアは、町の西にあるウェルバルト森林へ急ぐことにした。待ってろ、魔物ども。セリアも言ってた通り、作物の仇は必ず取ってやる。
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