序章
0.屋上より
僕は
今、校舎の屋上から真っ逆さまに転落している。
どうしてこんなことになってしまったのか。
墜落していく僅かな時間で、僕は走馬燈のように思い返す。……
三年間通い続けた高校の、卒業式の日。僕は幼馴染であり頼れる姉のようでもある
だから僕は、前日に彼女へ連絡を入れ、お願いしておいたのだ。卒業式が終わってから、少し時間がほしい、と。
分かった、と返信が来てからは、緊張でガチガチになって満足に眠ることも出来なかった。
朝のニュース番組では、日本のどこかで凶悪な事件が起きたとか、外国の天文台が何故かチカチカ光ったとか、今夜は流星群が全国的にみられるとか、色んな出来事を紹介していたが、何となくいつも見ていた星占いのコーナーで、今日の運勢が一位だと発表されると、こんなときだけ運命を感じて喜んでしまったりもした。
いける。そう自分に強く言い聞かせて、僕は決戦の地へと旅立ったのである。
殆どの生徒が、感極まって瞳を潤ませる中で、典型的な陰キャラである僕はただただこの後のことをシミュレーションしていた。そして、僕にとっては退屈な式が終わり、教室で担任から卒業証書と餞別の言葉をもらって解散すると、ギクシャクした足取りで待ち合わせの場所へと向かった。
待ち合わせ場所は、最初体育館の裏を選んでいた。しかし、明日花の方が屋上で待ち合わせようと提案してきた。屋上は随分前から生徒の立ち入りが禁止されていたけれど、確かにそこならかえって誰にも邪魔されないかと、僕もそこで待ち合わせることに賛成していた。
どうしてだろう、という疑問が無かったわけではないが、告白を前にした僕にとって、その疑問は些末なこととしか思えなかった。
明日花は、ちゃんと待っていてくれた。ホッとして彼女に駆け寄った僕は、どうでもいいやりとりを繰り返しながら、タイミングを伺って。ようやく覚悟が決まったとき、真剣な眼差しとともに彼女の名前を呼ぶ。
「明日花」
彼女も予感はあったのだろう、僕の呼び掛けに少しだけ身を硬くして、静かにこちらを見つめ返した。
「僕は――君のことが好きだ!」
言えたじゃないか。ちょっぴり上ずった、情けない声だったけれど。長年の思いを口にすることがとうとうできたのだ。さあ、後は待つだけだと、僕は胸の高鳴りが最高潮に達するのを感じながら、明日花をじっと見つめた。
彼女は、俯いたまましばらくの間もじもじしていた。……ひょっとして? その仕草に、僕は期待せざるを得なかった。僕の告白に照れてくれているなら、それはもうオッケーということなのでは?
明日花との日々を思い出し、自然と頬が緩んだ。弱虫な自分と仲良くしてくれた彼女。手を差し伸べてくれた彼女。これからは友達としてじゃなく、本当の彼女として――。
「――ごめん!」
え?
と、声を出す暇も無かった。
ドン、と胸に衝撃。
そして、僕は古びた手すりに背中を強打した。
もしかして、僕。
フラれた?
そうよぎったのも束の間、
錆び切った手すりは儚くもバキリと音を立てて折れ、
ごめんね、がわんわんと頭の中でリフレインする僕は、突き飛ばされた勢いそのままに、
空中に身を躍らせていた。
なんて……。
なんて情けない人生の終わりなんだろう?
これなら、最初から明日花が来なかった方がまだマシだったと嘆きながら。
僕は格好悪い叫び声を上げ、転落していくのだった。
ねえ神様、ちょっと酷すぎじゃないですか?
僕は最後に、そんなことを思っていた。
僕、大好きだった女の子にフラれて、突き飛ばされて。それが原因で死ぬんですか?
ねえ神様、僕が救われるような世界はないんですか――。
意識が飛んでしまったせいなのか。
地面の感触も痛みも、いつまでも訪れはしなかった。
代わりに、どこか温かな光が……僕を満たしたような気がした。
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