139 難病

 地上には何もなかった。

 何もない平坦な荒野が見渡す限り広がっていた。

 ジュ・ラ・キュラスさんが言っていたことは嘘だったのか。


 少年は軽い眩暈を覚えるとその場に倒れた。

 少年のそばを吹き抜けたつむじ風が砂ぼこりを巻き上げ、少年のぼやけた視界をさらに塞いだ。




§§§




 眩しい。


 ここは何処だ。


 天井からぶら下がる裸の照明。


 誰かが僕の顔を覗き込んでいる。


 少年は咳き込んだ。


 砂のにおいがする。


 次第に視界がはっきりしてくるとそれは女性の顔だった。


「大丈夫」


 少年は再び咳き込むと起き上がった。


「ア、アルゴ、ミデウセス」

 ん? 今、僕なんて言ったんだろう。この人の言っている言葉はわかる。なんで自分自身が言っている言葉がわからないんだ。


 おかしい。砂のにおいがしたはずなのに。裸の照明がぶら下がっていたはずなのに。ここは真っ白な病室だ。


摩主楼まずろう!」

 そう言って少年に抱き着く女性。

 なんだか恥ずかしい。この人はお母さん…。

 僕は知っている。何かがおかしい。


 さっきまで確かに荒野にいて…

「ポシェダアーズ、ルナ!」

 妹がルナがいたんだ! 置いてきてしまった!

「どうしたの。摩主楼まずろう。何を言ってるの」

「アイダゴウラモナ!」

 なんで通じないんだ。ルナはどこにいるんだ。母さん!


喪語症そうごしょうです。お母さん」

 女医がお母さんと呼ばれた女性に語りかけた。

「それじゃ、もう摩主楼は私たちと会話できないのですか」

「稀に回復するケースもありますが、発症原因も回復原因も解明されておらず、申し訳ありませんが、なんとも」

 そう言うと女医は言葉を濁して目を伏せた。

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