53 地下ドーム都市

 仄暗い半球状の空間に、溶液に浸った肉体が無数に並ぶ。


 その中に、一際輝きを放つ溶液に浸された肉体があった。


「永遠体に入れてあります。永遠に生き続ける意識を持たない植物人間です。この中にミカエルを入れてあります」

 ルフレルは手に持ったメモリーリーダーを、目を閉じて溶液に浮かぶミカエルに向けた。

 三次元の映像がホログラムとなって、空間に浮かび上がる。いくつも浮かび上がった、それらの立体的な記憶の残骸は徐々に列をなし、時系列順に整列していった。


 アザゼル、イピテルとの戦いに敗れ、自動でエル家の城の地下召喚場に召喚された後、家臣に火星に送り込まれ、薄暗いドームの中で目覚めるミカエル。




 天使の惑星エアでは肉体を失った後、術で作られた新しい身体に移行し、新しい人生を送るか、別の親の元に、生まれるかどちらかを選ぶ。基本的にどちらの場合も記憶は引き継がれる。

 

 ロ二オス家、ファー家、ゼル家は、逃がされたミカエルらは新しい身体を手に入れ、エアのどこかに逃げたか、別の天使の一族の子供として生まれたと推測した。

 万が一の可能性を危惧して、火星上の調査も行われたが、地上は完全な無人の荒野であることが確認された。

 

 地下10キロメートルに都市があるとは思いも寄らなかった。



 

 火星にミカエルらが潜伏しているとは知らず、新しい支配階級による火星の復興が始まり、人口が増え始めたころ、ミカエルたちは地上に出て、火星の人間に紛れ生活し始めた。

 地下で目覚めたばかりの頃の4人は、行動を共にすることが多かったが、ドームの中にある、替えの身体への移行を何度も繰り返しながら、人間に紛れ込み、生活をする内、人として生きることに慣れ始めたガブリエル、ラファエル、ウリエルは、いつしか、エアの支配階級に返り咲くという目的に対する情熱も弱まり、人間として生きることに妥協し始めていた。

 

 こんな生活も悪くない。人として生きることも悪くない。安穏とした生活に慣れ、遥か昔の自らの罪を意図的に自らの記憶から追いやると同時に、天使であったという事実も、記憶から追いやった。


 人間として生きていくことを正当化し、罪の意識から逃げるために。


 ミカエルだけが、その意志を持ち続けていた。


 いつしか4人の絆は消え去り、記憶を失い、人間として生きる道を選んだラファエル、ウリエル、ガブリエルに見切りをつけ、ミカエルだけが一人、エル家の復興を夢見ながら、その機を伺っていた。


 

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