第16話
彼女から衝撃の事実を聞いたその夜。
僕はまったく眠れなかった。
彼女が義父から性的虐待を受けているという事実をどうにか自分のなかで消化して、次の行動にいかなければならないのだが、打ち明けられた事実のままでまだ心のなかに留まっていたのだ。
誰にも言えない、相談できない。
でも話さなければ彼女を救えない。
誰にこのことを話せばいいのだ。
それが僕には分からなかった。
担任の先生か、保健の先生か、スクールカウンセラーの先生か。
僕は迷った。いや、迷うのは誰にということと、相談した人がちゃんと機能して、彼女を救えるのだろうかということだった。
自分が話すことによって、大人が誤った対応をしてしまって、彼女を結果的に傷つけるのではないかと心配なのだ。
僕は次の日の朝までそのことを考え続けた。
そして担任の先生にまず話をしようと考えた。
担任は吉川というまだ20歳代の男の教師だが、生徒たちとはフランクに接触するので、兄のような存在で、話しやすかったということが一番だった。
放課後、職員室でその話を始めると、吉川教師はすぐに別の部屋に僕を連れていった。
「その話は本当なのだろうな」
「はい、彼女はそういうことで嘘を言うような人ではありません」
「重大な話だぞ。警察が入る話になるよ。それでもいいというなら動くことになるけど」
「彼女を救いたいんです」
「まず校長先生に報告してから教育委員会経由で児童相談所に話が行くことになると思う。そこから先は児童相談所と警察が動いて彼女を親元に置いたほうが良いのか保護施設に行ったほうが良いのか検討されることになる。君はよくこの話をしてくれたね」
吉川先生に話したのは正しかったようだった。
後は大人たちがちゃんと仕事をしてくれれば彼女は救えることになると思った。
先生に話した次の日に公園で彼女に会った。
冬の初めの寒さにまだ慣れていない体には応える寒さだった。
彼女は桜の木の下で僕を待っていてくれた。
「おはよー」
「おはよーございます」
「先生にこの前のこと話したから」
彼女はいきなりそのことを言ったので驚いたようだった。
言葉がでてこない。
「ちゃんと動いてくれると思うから安心していいよ」
「でも・・・」
彼女は不安そうだった。
「君が悪いことをしているわけではないので大丈夫だよ」
「でも、お母さんが」
そうだった。
僕は忘れていた。
母親の存在を。義理とはいえ、父親が娘に暴行していたことが分かったことで母親はどう変化するのだろうかということに考えが及ばなかった。
自分はまだまだ子供だったと後悔していた。
「大丈夫だよ。君の母親なのだから」
彼女は首を縦に振って「間に合わないからもう行くね」彼女は手を振って駆け出していった。
僕が学校へ行くと吉川先生が待ち構えていた。
「今日、教育委員会の人と児童相談所の人が来るから3時間目の休憩時間に相談室に来てくれるか」
「分かりました」
僕は3時間目の休憩時間に相談室へ行って、彼女から聞いた話を付け加えることもなく、削りとることもなくそのままのことを話した。
児童相談所の人はそのあとすぐに彼女の中学校へ行き彼女からの話を聞くのだそうだった。
その夜、吉川先生から電話があった。
スマホに直に電話してくれたので親に知られずにすんだ。
「広瀬かなめさんは児童相談所が保護したと連絡があったよ。彼女の家に事情聴取に行ったとき婦人警官も同行したそうなんだけど、あちらの父親が暴れだしたんだそうで、パトカーが来ての逮捕劇になったそうだ。その際母親も父親をかばって暴れたらしいんで逮捕されてしまったんだ。だから、彼女と弟さんは児童相談所が保護して施設に収容したということになったらしい。落ち着いたら彼女に会いにいきなさい」
「ありがとうございます」
僕は吉川先生にお礼を述べた。
吉川先生に話して本当に良かったと思えた。
それにしても世間では児童虐待で対応のまずさに批判が多い児童相談所だが、今回はすぐに行動して彼女を救ってくれた。
僕は彼女を救えたことに満足していた。
これで彼女も安心して暮らせるだろう。
先生の話ではたとえ施設に行ったとしても高校は行かせてくれるという。
高校へは行かせたくないような母親と暮らすよりはずっと彼女にとってはいい環境で暮らせるのではないかと思っていた。
思っていたというのには理由がある。
僕はそれ以来彼女と会っていないからである。
彼女はもう公園には来なかった。
施設に入ったからだと思っていたが、彼女がどこの施設に行ったのか分からなかったのである。
会いに行けと言っていた吉川先生まで「彼女のことは忘れろ」とまで言うのだった。
いったいどうしたというのだろうか。
私には訳が分からなかった。
彼女からの連絡も一切無くなったのである。
#17に続く。
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