第15話

僕たちはフードコートからモール棟のなかの空き店舗のある場所の前にあるベンチに腰を掛けた。

彼女の話をじっくりと聞くためだった。

僕は肩を落としている彼女の手をそっと握った。

彼女は首を縦に振った。

「話してよ」

僕は優しく言った。

すぐには応えることなくしばらく沈黙が続いた。

「私が家事を全部やっているでしょ。ときどき思うんだ。私ってこの家族のなかでどんな存在なのだろうかって」

「どうしてお母さんは家事をしなくなったのだろう」

「ここ数年かな。仕事が忙しくなって帰ってくるのが遅くなっていって、お父さんにお前がすべてやれって言われて」

「仕事なら仕方ないけどね。でも少しは手伝わないのかなぁ」

「いつも機嫌が悪くて、文句なんか言える雰囲気じゃないの」

「君だってテストの前とか大変でしょ」

「親はそんなこと関係ないから」

「珍しいね」

「でもこんなこと人に話したことないの」

「話してくれてありがとうね」

「こちらこそです」

「高校へ行っても同じ生活が続くのかな」

「弟が大きくななれば少しは楽になるんだけど」

彼女の話によると弟とは父親が違うのだという。

つまり彼女は母親の連れ子ということだ。

彼女が父親に気を遣うのは仕方のないことなのだろうと、僕は何とか理解しようとした。

だが、次の言葉を聞いてから僕の心は凍り付いた。

「たまに母親の方が遅くなることがあるの」

僕はそれがどういう意味なのかということをすぐに察した。

まさかと思った。

その話をするとき、彼女の声は震えていた。

「中学に入ってからお父さんが私にあることをするようになった」

あることと言う意味を僕はすぐに分からなかった。

まさか、そんなはずはない。

それしか思い浮かばなかった。

だが続いて話された内容に僕の思いは打ち砕かれた。

最初は弟が寝ているこたつに父親が入ってきたときだった。

彼女の横にぴったりとくっついてきた。

「お父さん、苦しいよ」

父親は彼女に抱き着いてきたそうだ。

抵抗できなかったという。

あっという間にそのときは過ぎた。

終わったあと、彼女の足には血が流れていたという。

彼女は風呂場でしゃがみながら泣いていたそうだ。

そのとき母親が帰宅したのだが、風呂場で泣いている娘を無視してそのまま食事をして寝てしまったという。

女の勘として娘に何があったかということは分かったはずだと思った。

では、母親は何を考えていたのだろうか。

それとも母親は暗黙の了解をしたということなのだろうか。

彼女はその話をすると肩を震わせて泣いていた。

僕は彼女の肩を抱いた。

「酷いことするなぁ」

僕は悔しかった。

彼女を汚したのが義理とはいえ、父親だったということがショックを感じたが、やがて怒りに変わっていた。

心の底から湧き上がるような怒りだった。

こんな怒りが湧いてきたのは生まれて初めてだった。

「学校の先生に相談したらどうかな」

「そんな恥ずかしいこと言えない」

「でもまた父親にやられるかも知れないよ」

「でもそれからは私はお父さんを避けているのがお父さんにも分かったみたいで手を出してくることはないから」

「いつ再開するか分からないよ。できれば家を出たほうがいいよ」

「行くところがないよ」

「だから先生に相談するんだよ。ニュースでもそういうこと取り上げられることあったよ。父親から性的暴力を受けた子供が多いって」

「どこか施設に行かされるのかな」

「そうなると思うよ」

「それじゃあ、峯村さんと会えなくなるし」

僕は彼女を思い切り抱きしめた。

彼女の方が小刻みに震えていた。

「そうなれば僕は毎日でも君に会いにいく」

彼女は消え入るような声を出して応えた。

「ありがとう」

僕は体を話して彼女の顔に自分の顔を近づけた。

彼女の小さい薄い唇に僕の唇を合わせた。

ほのかな温かみが唇から伝わってきた。

彼女の口の端から薄いため息が漏れた。

長い時間僕は唇を離さなかった。

彼女の髪を何度も撫でた。

そのたびに彼女のため息が漏れた。

僕は唇を離してまた力強く彼女の細い体を引き寄せた。

人の声が近づいてくるのが分かった。

家族連れだった。

僕たちはすぐに体を離した。

家族連れに気が付かれたのかも知れないと思うと恥ずかしかったが、気にせずに彼女の顔を見つめていた。

彼女の目の中にある瞳が濡れていた。

「僕も誰か大人に相談してみる」

彼女は首を縦に振った。

僕たちは立ち上がって歩き出した。

彼女は時計を見た。

「もう帰らないと」

「うん、家まで送るよ」

「ありがとう」

僕たちは電車に乗って帰った。駅に着いて彼女の家まで歩いた。

地元なので誰と会うか分からないので僕は彼女と手をつなぐのをためらった。

彼女の家は良そうに反して立派な一軒家だった。

ガレージにはクルマはなかった。

まだ親は帰っていないようだった。

「これから洗濯をして夕食を作るの」ということだった。

僕は玄関に入る彼女を見送ってから歩き始めた。






#16に続く。





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