第14話

映画を観ていても横にいる彼女のことばかり考えていた。

ちらちらとひじ掛けにかけた彼女の手を見ていた。

グレーの長袖から出ていた白い手。

暗いなかに細くて白い手がスクリーンの明暗で様々な色合いを見せていた。

僕はその手を何度も触りそうになった。

そのたびに僕は心のなかでストップを出した。

こんなところでいきなり触ったら痴漢みたいだ。

彼女に嫌われる。

そんなことばかり考えていたので映画のことはひとつも頭のなかに入って来なかった。

映画が終わった。

彼女は楽しそうだった。

「面白かったね」

僕は「そうだね」とひと言だけを言葉にするだけだった。

僕たちはフードコートに行って昼食を食べようということになった。

彼女はクレープ、僕もそれにした。女の子はクレープに決まっている。

彼女は大きな口を開けるのが恥ずかしいのか、食べるときは向こうの方に向いて口を開ける。

「こっち向いて食べなよ」

僕はいじわるを言った。

彼女は答えず、微笑んでいたが、食べるときは横を向いた。

「クレープは大きな口を開けて食べるから美味しんだよ」

「うん」

彼女のそんな恥ずかしそうな仕草が本当に可愛い。

食べ終わって飲み物を飲んでいたとき彼女はふっと真顔になっていることに僕は気が付いた。

僕は「高校へは行くことにしたんでしょ」と質問した。

彼女は目を見開いて僕を見つめた。

「先生にも必ず高校へは行きなさいって言われたの。アルバイトもできるしとか」「そうだよ。それが普通だよ」

「でもお母さんが」

「まだ反対しているの」

「反対ではないんだけど」

「いい顔をしていないって」

「そうでもないんだけど」

彼女の言わんとするところが分からない。

僕には理解できなかった。

「つまりお母さんは君にどうしろと言いたいんだろう」

「でも高校へは行きなさいとも言うし」

「だったらもうそのことは先生とだけ話せばいいんじゃない」

「高校に受けるかどうかっていうことならそうなんだけど、やはりお母さんのことが気になるんだよね」

「三者面談とかではどうなの」

「お母さんは先生の話を聞いているだけでお話しはあまりしないの」

「不思議だよね」

「何を考えているのか分からないのがお母さんだから」

「家ではどういう人なの」

「ほとんど何もしない」

えっと僕は驚いた。

母親なのに家事はしないのかと。

「弟がいるんだけど、その子とふたりで家事をしているの」

「うそっ」

僕は思わず声を張った。

「本当」

「何もしないで何をしているの」

「寝てる」

「体の具合が悪いの」

「そんなことない。仕事もしているし」

「何の」

「ネイルサロンをお父さんと経営している」

「じゃあ忙しいんでしょ」

「ほとんど家にいない」

彼女の話は矛盾していた。

母親はいつも寝ているとさっき話していたのに。

僕はすぐに否定しないで彼女の話を聞いた。

「お父さんが性格の激しい人だから、すぐにお母さんに文句を言って暴れるの。だからお母さんは家に帰るとすぐにベッドに入ってしまう」

「お父さんはお酒を飲むんだ」

「ほとんど飲まない」

「へぇー」

「だけど家に帰ったときすぐに食事の用意がしていないと暴れる」

「食事は君が作るの?」

「そうよ。買い物もするし」

「じゃあ大変だよね」

「だから高校へ行くと家事ができないということでお母さんは君を高校へ行かせたくないということなのかな」

「それもあると思う」

「それはひどい話だよ」

「そうね」

彼女は俯いてしまった。

僕は今回は後悔していなかった。

楽しいデートにしたいのはもちろんだけど、彼女の窮状を聞いて何とか力になりたいと思う気持ちの方が強かった。

「それは問題だと思う。先生に相談したほうがいいよ」

彼女は俯いたまま顔を上げなかった。

「お父さんが暴れるってどんな暴れ方をするの」

彼女はうつむいたまま動かなかった。

僕は思わず彼女の手を取った。

彼女は手を握り返してきた。

少し顔を上げると彼女の目から涙が零れ落ちた。

僕は言葉を失った。

「言いたくなかったらいいけど」

僕はそれだけの言葉しか出て来なかった。

彼女は悲しい目をして僕を見た。

その目は僕に何かを訴えているようだった。

「酷いことをするんだね」

彼女は首を縦に振った。

そしてまた俯いてしまった。

映画館から出てくるときの明るい表情から一変していた。

そんな表情にさせたのは僕だ。

だけど、彼女の力になるためにはどうしても聞いておかなければならないことだった。

そのことは昨日の夜からずっと考えていたことだ。

それが彼女の会ってしまうと忘れてしまっていた。

彼女の手を取ったときからそんな思いはどこかに吹き飛んでしまい、彼女の手の触感だけが僕の鋭敏な神経に突き刺さった。

それが男の本能なのかのかとも思った。

だが、クレープを食べているときにふと我に帰った。

彼女の悩みを一日でも早く解決できるようにしなければならないと前の晩に考えたことを実行することにしたのである。

僕たちは席を変えることにした。

人目のできるだけ少ない場所に行って話をしようと僕は彼女に言ったのである。






#15に続く。





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