第12話
彼女からラインが来た。
次の月の最初の土曜日なら映画に行けるという答えだった。
そこには見たい映画が書かれてあった。
その映画はアニメの実写版で、僕も観てみたいと思っていたのですぐに上映しているところを探し出した。
いつも行くモールにある映画館ではなくて、電車で30分ほど東京よりの大きな街にあるところで次の月にタイムスケジュールがあった。
彼女とは今まで地元でしか会ったことがなかったので、少し遠出するのが楽しみだった。
僕はすぐにラインを返して駅で午前11時に待ち合わせるのはどうかと聞いたら、すぐに了解の返事が来た。
胸が高鳴った。彼女と会う回数が増すにつれて新しいワクワクが増えていく。
今度も遠出することと、映画を観るという新しいデートのかたちに挑戦することになった。
彼女の話を聞く。
一緒に食べ物を食べる。
一緒に歩く。一緒に買い物をする。
一緒に公園の森に入って危ない目に会いながらフクロウを捜す。
そんなことがひとつひとつ重なって僕の体験が積まれていく。
世の中のカップルってどう付き合いを進行させていくのだろうか。
そのことを考えた。
僕は彼女と付き合っていることを誰にも話していない。
友人とは異性の話などはしたことがなかった。
ガールフレンドには無縁の男たちだったせいもある。
大人しいというか、物事に無関心というかそんな奴らばかりだった。
僕はそんな連中に大事な彼女の話などをする気にもならなかった。
まして、家族に彼女が出来たなどということは微塵も感じさせはしない。
おくびにも出さない。
母親に話そうなんて考えたこともない。
話す必要もない。
僕は僕のなかだけで彼女との付き合いを成熟させるだけだ。
それ以外のなにものでもない。
僕の日常は彼女のことで埋め尽くされそうになっていた。
これが恋愛というものなのだろうかと感じた。
もし、彼女に会えなくなったら自分の存在が否定されるようになるのではないかと恐れさえ感じた。
こんなもおかとも考えた。
丘の上の桜の木を見上げていた彼女の後姿。
横顔。
最初に挨拶を交わしたあのときの彼女の瞳が次々と映像になって現れる。
そんなとき僕は優しい空気に包まれているような気がした。
勉強をしているときも彼女の姿がよぎる。
勉強の妨げになることは明らかだった。
だが、その精神状態はけっして不快なものではない。
僕は異常だろうか。
そんなことはない。
恋する男子はみんなそうだという思いがあった。
それが何が悪いのだ。
彼女がいるから不毛な毎日が色どり豊なものになった。
それだけで良かった。
彼女のひとりもいない青春だって無駄ではないだろう。
それ以外に何か打ち込むものがあれば。
僕は彼女のことと勉強を頑張っている。
それでいい。僕は後2週間ほど後のデートのことで頭がいっぱいだった。
その間に摸試があり、志望する大学の合格判定がCからBになった。
その結果を親に知らせると親の顔がパッと明るくなった。
僕はそれで満足した。
すべてがうまくいっている。
このまま順調ならそれでいいはずだ。
ただ、気になるのは彼女が高校に行くことをどう思っているかということだけだった。
母親は彼女が高校に行くことにひとつの言葉で確認したという。
親なら高校へ行かせるのが当然だと思うのに彼女の母親は彼女に高校へ行く意味を確認した。
それは彼女に高校へ行く意味を考えさせるだけのものだったのだろうかということが気になった。
もしかすると母親は彼女に高校に行ってほしくないと思っているのではないか。
彼女の家の経済がどうなっているかは分からない。
かなり困窮しているとしても公立高校に行かせられないほどの困窮などあるのだろうか。
今どき、奨学金とか手当はある。
大学はともかく高校は無償化になっているほどだ。
それとも彼女の母親は学校というものに反感があるのか。
しかし、娘の将来のことを考えれば高校に行かせないという選択がどれほど将来にリスクになるということが分かっていないのか。
それとも一種の虐待があるのではないか。
子供の将来を暗くする虐待もあり得るのではないかと僕は不安になった。
今度会ったらそのことを聞かなければならないと思った。
僕にできることは限られている。
だが、彼女のために少しでも力になれればそれだけで充足感を得られるのではないかとも考えた。
それは自己満足だけなのではないかというジレンマにも思いが及んだが、やはり理不尽なことには立ち向かわなければならない。
僕は彼女よりも2歳も年上なのだ。
彼女の味方になって彼女を守ってやりたいと思うことは悪いことではないと自分に結論づけた。
2週間はあっと言う間に過ぎた。
土曜日の午前10時30分僕は家を出た。
図書館で勉強すると家族には言って出てきた。
駅に近づくと彼女の姿が見えた。
ジーンズにトレーナーを着て、後ろに髪を結んでいる。
飾り気の一切ない、素っ気ないほどの彼女が立っていた。
僕は小走りに彼女の方に向かった。
#13に続く。
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