第10話

公園の入り口には休日ということもあって、子供連れの家族が大勢いて、自転車を降りて駐輪場まで押して行かなければならなかった。

自転車を置いてフクロウのいるという森まで遊歩道を歩いていった。

「昼間にフクロウがいるかな」

「フクロウは夜行性のように言われているけど、昼間も飛ぶんですって。その方が空の上から獲物が良く見えるからなんだって先生が言ってた」

彼女は先生から聞いたフクロウの話をしゃべり続けた。

彼女自身もフクロウが好きなようだった。

遊歩道を歩いて行くと池があった。

池というよりも沼と言ったほうが当たっているのかも知れない。

水面には水草が生えていて、水は緑色に濁っていた。

夏になればカエルがいっぱいいそうな池だった。

僕は多分幼稚園のころに親に連れられてここに来たことを思い出した。

オタマジャクシをいっぱい獲ったのだ。

弟と競争しながら何時間も池の周りを水に落ちないように気を付けながらオタマジャクシを見つけては大騒ぎをした。

池の周りを超えてしばらくすると遊歩道が大きく迂回するようなカーブになった。

フクロウが住む森に行くには遊歩道を外れて行かなければならない。

公園の規則は入り口の案内図に書かれてあったが、そこには遊歩道を外れて歩かないようにとは書かれてはいなかった。

地図で見ると、森はそんなに大きなものではなく、小学校の敷地くらいの広さのなかに様々な樹木が手入れも何もせずにそのままの形でうっそうとしている。

公園の向こう側は流通会社の倉庫群になっているので、迷い込んでも出られなくなるほどの広さではない。

しまも平坦な場所なので、転落の恐れもない。

危険があるとすれば毒のある生物が潜んでいるということぐらいだろうか。

だから僕はそのために枯れ木の杖になりそうな枝を拾ってきていて、彼女より先に歩いて木で地面をつつきながら歩いていた。

危険な生物というのは毒蛇だ。

マムシのことである。

噛みつかれると大きく晴れて炎症を起こす。

重症の場合なら命の危険さえもある。これだけ樹木があって池もあることからマムシがいる可能性は高い。

彼女にも足元に気を付けるように言った。

「蛇は怖くないけどマムシは嫌です」

「僕だって同じさ。出会わないことを願うよ」

彼女は地面とフクロウがいるのではないかと思われる木の上の方を見たり、顔を上下しながら恐々と僕の後を着いてきていた。

僕が地面を突き刺すと枯れ枝が動いた。

「きゃあ」

彼女が悲鳴を上げた。

僕も「うぉ」と叫んでしまった。

その瞬間、僕たちの上の方でガサッという音が聞こえた。

「あっ」

彼女が声を出した。

僕は彼女が見ている方を見上げた。

木のてっぺんに葉っぱで覆われた部分があり、そこにバサバサと羽を広げている鳥のようなものがいた。

小鳥ではない。

大きな翼だった。

だが本体は見えない。

静かになった。

僕は足元のことが気になり、杖で四方八方を突いた。

何も動かなかった。

「まだそこらにいるかも知れないから足を動かさないでね」

彼女は下を向いて

「怖い」

と一言言った。

彼女の指が僕のシャツの一部を掴んでいる。

本当は喜ぶべき状態なのだが、僕はそれどころではなかった。

早くこの場を立ち去りたかった。

「どこにいるか分からないからゆっくりと戻ろう。」

体を入れ替えて僕は来た道のほうに第一歩を踏んだ。

背後でごそっていうような音が聞こえた。

「きゃー」

彼女が僕の背中にくっついて来た。

「杖で確認しながら速足で歩くよ」

僕は必死になって枯れ葉で覆われた部分を急いで抜けようと速足で歩いた。

杖を左右に振り回しながら、時折地面をたたきながら歩いた。

やっと遊歩道のところまで戻ってきた。

彼女は僕の肩に両手を乗せて歩いていたので、すぐには離れなかった。

よほどの恐怖を味わったのだろう。

それは僕も同じだった。

僕が一番気になったのは、自分はともかく彼女に何かあれば大変だということだった。

毒蛇がいるようなところに彼女を連れていった自分には責任がある。

彼女の親に申し訳ない。

ケガをして入院したとなれば学校も休むことになり、僕は責任に苛まれることになる。

それを考えたら背筋に冷たいものが流れた。

だが、どうやら無事に戻れたようだった。

僕は肩で息をしていた。

彼女の手がやっと僕の肩から外れた。

「見ましたか」

「うん」

「あれはフクロウだったのでしょうか」

「きっとそななのかも知れない」

「きっとそうですよね」

「やはりこの森にいたんだ」

彼女は笑っていた。

僕との距離が近い。

僕は彼女の肩に手をおいて、彼女を引き寄せようと瞬間的に思った。

だが、それは出来なかった。

僕も笑った。あんな怖い思いをしたにもかかわらず。

「だけどまだフクロウかどうかの確認はしていないですよね」

確かにフクロウだったような気もするというだけだった。

「また来ませんか」

僕は驚いた。

あんな怖い思いをしたのにこの子は本気で言っているのだろうかと思った。

僕たちは公園の入り口に向かって歩いていた。






#11に続く。





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