第9話

広い地平線のかなたを見つめながら彼女は一瞬淋しそうに顔を伏せた。

僕は彼女の横顔を見ながら言葉をかけるタイミングを失ってしまっていた。

きっと彼女には彼女の年にはふさわしくない大きな苦しみがあるのかも知れないと思った。

まだ14歳という歳にはふさわしくないなにかが。

僕はそれ以上の想像の枠を広げようとはしなかった。

僕自身がその大きな暗闇に飲み込まれそうになることへの恐れがあったのかも知れない。

彼女の口元が開いた。

「あそこに大きな鳥が飛んでいる」

見ると、工場の屋根の上のほうに翼を広げて大きな鳥が舞っていた。

「あれはフクロウじゃないかな」

「こんなところにフクロウなんているのかな」

「大きな公園があるでしょ」

「自転車で30分ぐらいかかるよね」

「そう、公園には大きな森があってそこにフクロウが生息してるって先生が言ってたの。その先生ね、写真が趣味でフクロウの写真も撮るんだって。スマホにフクロウの写真が入っていてみんなに見せたことがあったの」

「こんなところにフクロウがいるなんて不思議だね」

「フクロウ大好き」

「そうなんだ」

彼女はじっとその鳥を見ていた。

観覧車は次第に降りて行った。

それと同時にフクロウの姿も見えなくなった。

「フクロウが住む公園に行きたいな」

「じゃあ、今度行こうか」

「いつ?」

「来週」

「うん」

僕たちはそのままショッピングモールから帰った。

帰りの電車でもほとんど話さなかった。

駅で別れるとき、次の日曜日の約束をした。

午前11時に駅のロータリーの前でお互いに自転車で来ようということになった。

その日、僕はベッドに入ってからその日の彼女とのやりとりを思い出していた。

彼女の大きな悩みは

「高校へいくことの意味」のようだった。

彼女の母親から「本当に高校に行くのか」と聞かれたことに彼女が真剣に考えこんでいることが分かった。

普通の家庭なら高校へ行くことなど当たりまえで、どんな高校に行くのかということが話題になるだろう。

高校へ行くかどうかという根本的な問いを親がすることなんてありえないと僕は思った。

それほど経済的に困っているのだろうか。

親は子供の将来のことをまったく考えていないのだろうか。

いや、そんな余裕など一切なく、その日生きることだけが必死なのだろうか。

僕は彼女に家庭環境のことまで聞けなかった。

通り一編の答えしか言えなかった。

それを悔やんでいた。

僕はデートの前日の夜のことを思い出した。

彼女とまさかそんな話になることなど思いもよらず、ただ初めてのデートに心が湧きたっていた。

彼女とどうしようとかそんな具体的なことは考えられなかったが、一緒にどこかの店の席に座り、学校のことだとか、旅行の話とか、楽しいことだけを話して時間のたつのを感じられたらそれが楽しいのではないかと思っていた。

だが結果は彼女に思いもよらない話を聞かされて、楽しさはどこかに吹き飛んでしまった。

それでも良いんじゃないかとも思った。

彼女はそんな深い話をしてくれたのは、自分を信頼していてくれるからだと思う。

だから僕は誠実に彼女の悩みに答えなければならない。

そのために彼女と会う。それだけでいい。

もし彼女の何らかの役に立てばそれでいい。

僕はそんなことを思って眠りについた。

翌日は朝から雨模様だった。

公園を歩いていくと彼女が向こうから歩いてきた。

丘の上の桜の木を見ながらこちらに向かってきていた。

「おはよー」

僕は少し大きな声で挨拶した。

彼女は青色の傘を後ろに傾けて僕に顔を向けた。

「おはようございます」

「昨日はどうも」

「来週の日曜日ですね」

「そう、大丈夫」

「はい、行きます」

彼女は笑っていた。

お互いに歩くのは止めなかった。

すれ違うと彼女は僕のほうに振り向き手を振った。

僕もそれに応えるように手を振った。

次の日は彼女と会わなかった。

木曜日に彼女と会った。

「部活は無いの」

「もう辞めました」

「いつ?」

「昨日です。これまでも休んだりしていたから」

「そうなんだ」

「じゃあ、いってらっしゃい」

僕は彼女に手を振って駅に向かって歩いた。

そして日曜日の朝が来た。

自転車で駅に向かった。

晴れてはいるが空全体に薄雲がかかっていて、すっきりしない空だった。

駅まで自転車で行けば数分もかからない。

途中で彼女に会えるかと思ったが会うことはなく、そのまま駅に着いた。

そこにはもう彼女の姿があった。

赤い自転車だった。

背中には桃色のリックがあった。

ポニーテールにしている。

ジーンズに白いシャツを着ていて高校生に見えるほど大人っぽかった。

「待った?」

「今来たところ」

「道は分かるの」

「自転車で行ったことは2回かな」

「そんなにあるんだ」

「峯村さんは?」

「小さいときに家族と行ったことがあるくらい」

僕たちは公園に向かって自転車を漕いだ。

日曜日だからクルマは少なかった。

駅から、大きな国道に出てしばらく走り、10分ほど行くと、左折する道があり、そこで曲がってまっすぐに行くと公園の入り口があった。








#10に続く。








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