第6話

土曜日は朝から雲一つない快晴の日だった。

待ち合わせの時間に遅れてはなるまいと歩いて15分ほどかかる駅までの道のりだったが20分前には家を出ていた。

いつものとおりに公園を抜けていった。

丘の上の桜の木は新緑に変わり、濃い青色の空に緑が映えていた。

もしかして彼女がそこで見上げているかと思ったが、彼女の姿はなかった。

だが、僕の目にははっきりと彼女の姿が見えた。

二つに結んだ髪の毛や、バッグの置き方、両足を揃えてまっすぐに見上げている姿をだ。

速足で公園を抜けて駅までの道を急いだ。

まだ待ち合わせの時間には20分以上ある。

そんなに急がなくてもと思ったが体が動いてしまう。

駅が見えてきた。休日の朝なのでいつもと人出が違う。

駅のどことも言っていなかったので、改札口か切符売り場の付近にいるのではないかと捜したがまだ彼女はいなかった。

僕は駅舎のとなりにあるドーナッツ屋さんの前で立ち止まった。

振り返って周りを見渡した。

彼女の姿はなかった。

少しだけ不安な気持ちが湧いてきた。

昨夜から不安な気持ちはときどき襲ってきた。

もし来なかったらどうしよう。

いや、来てくれる方が奇跡みたいなものだからあまり失望してはいけないという自制心のようなものもあった。

僕はどうも先走りして物事を考える質なのかなとも思ってしまう。

気を取り直して改札口まで歩いた。時間まであと5分ほどだった。

駅前の広場の先の交差点のところに彼女の姿があった。

水色の上着に紺色のスカートをはいている。

靴は白いスニーカーのようだった。

彼女も僕に気が付いたのか口元から笑みがこぼれている。

走らなくていいよ。

転ぶと危ないから。彼女は駆け出してきた。

嬉しさがこみあげてきた。

こんな幸運なかたちで僕の初めてのデートがかなうなんて想像もしていなかった。しかも彼女は3歳も年下の中学生だ。

友人にもこのことは何も話してはいない。

誰かに話してしまうと幸運が逃げていってしまいそうになるから。

「お待たせしました」

彼女は駆けてきたせいだろうか、息が上がっているようだった。

「待ってなんかいないよ。約束の時間までまだ5分もあるから」

「今日はどこに行くのですか」

「二つ先の駅にあるショッピングモールなんかどうかなと思って」

「そこなら先週親と行きました。広くていいですよね」

「大きなフードコートがあるからさ。そこならゆっくりと話せるんじゃないかと思って」

「いいですね」

僕たちは電車に乗り二駅先の駅に向かった。

ショッピングモールは駅から歩いて5分ほどの距離になる。

電車のなかでは座らずに立っていた。

ほとんど口を聞かなかった。

僕にしても彼女にしてもまだお互いに意識し合う段階のようだった。

ふたりだけで会うという初めての行為にどう振舞っていいのか僕も彼女も分からないでいたのだろう。

彼女は初めてではないのかも知れない。

だが、僕はまぎれもなく女の子とデートするのは初めてなのだ。

だから電車で女の子とどういう会話をしたらいいのか分からない。

それより座っている人の視線の方が気になって仕方なかった。

僕たちが電車に入るときだって数人の大人が僕たちを見ていた。

高校生が中学生の女の子をひっかけて悪いことでもするのかというような目で見られているのではないかという後ろめたさが湧き上がってしまっていた。

今まで味わったことがない感覚だった。

僕は電車のドアに寄りかかっていて、彼女はつり革につかまっていた。

彼女は窓越しの風景を見ているようだった。

お互いの目が合うときがあった。

僕は心の動揺を悟られまいと必死になって平然を装った。

彼女は目が合った瞬間に微笑んだ。

僕も微笑み返した。

それだけで充分だった。

言葉のやり取りなどは必要がなかった。

目的の駅まであっという間だった。

電車を降りて、ショッピングモールまでの道を歩いた。

「部活はどう?」

僕は言葉を彼女に投げた。

「うん、少し面白くなってきた」

「そう」

言葉が続かなかった。

「和広さんは中学のときどうだったの」

彼女からの言葉が飛んできた。

しかも、僕の名前を下の名で呼んでくれた。

口調も柔らかくなっている。

「万年補欠だったしね。しかも男子は弱かったし。でも後輩が出来たときは嬉しかったな」

「そうなの。1年生が入ってきて先輩って呼ばれるのが気持ちいいって最近思えるようになって」

「僕はフリースローが得意だったんだよ」

「そうなんだ。私は苦手。パスもボールを落っことしてしまうし」

「握力がないとロングパスなんかとるの難しいよね」

「男子がロングパスでシュートを決めるとかっこいいですよね。女子はなんかもたもたしている感じがしてかっこ悪いもの」

「そうかなぁ」

そんな会話をしているとショッピングモールの入り口に入った。

「ひとつ行きたいところがあるんですけどいいですか」

おや、また敬語になっている。

「いいよ、どこに行きたいの」

「シャープペンの芯を買いたいの」

良かった。

またため口になった。

僕たちは文房具を売っている店のある2階までエレベーターを昇っていた。





#7に続く。






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