第5話

爽やかな朝だった。

空は高く澄み渡っていて、秋の名残のような陽の光が夏の刺すような光線とはまったく違う感触を僕の露出された皮膚に当たっていた。

僕は公園に急いだ。

彼女はいつも僕よりも前に来ている。

いったい何時からあそこにいるのだろうという疑問が昨日の夜湧いてきた。

そうなんだ。

彼女が先に来ているからこそ彼女と会える。

僕は通り道に過ぎないのだから彼女が桜の木の下にいてくれないと彼女に出会えなかったのだ。

それを今朝聞いてみようと思っていた。

丘が見えてきた。

桜の木はもう花びらは一輪もなかった。

彼女は花の無くなった枝を見上げていた。

「おはよう」

「おはようございます」

私も枝を見上げた。

青い空に雲がひとつも無かった。

枝にはもう緑色の芽が出始めていた。

「何時から来てるの」

「5分くらい前からです」

「朝練に出るためだろ」

「そうです」

「部活は面白い」

彼女は言葉を止めた。

返答に困っている様子だった。

「まあ、面白いです」

「そうでもなさそうだね」

またやってしまった。

心の襞に触るような言葉を出してしまった。

「分かりますか」

意外にも彼女は認めた。

「嫌な先輩がいるんじゃない」

「そうではないんですけど」

「練習がきついとか」

「というか、私に合ってないというか」

「そうか、なら他の部に変わったらいいのに」

「それが出来たらいいんですけど」

「そうかぁ」

「じゃあ、これで。また明日」

「ああ、部活頑張ってね」

私は駅に向かって歩き出した。

また明日という言葉を今日も聞けた。

彼女は僕に会いたがっている。

こんな奇跡があるのだろうかと思ってまたその日も有頂天だった。

授業中も彼女のことばかりを考えていた。

頭から離れられないのだ。

家に帰っても、家族の顔を見たくなかった。

食事もそうそうに部屋に閉じこもった。

家族という現実から離れて彼女の顔だけを想像する世界に浸りたかったのだ。

寝ても覚めてもというのはこういうことかと思った。

彼女はこれまでに会ったどの子よりも綺麗だった。

まっすぐな眉。

憂いを帯びた瞳。

細やかな肩。

小さな顎。

どのパーツも優れていた。

反対に僕は一重の目。

ぼさぼさの髪の毛。

今まで一度だって告白されたことなんてない。

バレンタインでチョコレートももらったことはない。

それなのに、こんな僕に会いたいという意思を示すなんて考えられない。

キツネにつままれたのか。

彼女はキツネの化身なのか。

僕はただからかわれているだけなのか。急に不安になっていた。

いっそ明日は別の道を通って彼女と会わないようにしてしまうか。

その方が結局傷つくことが無いのかも知れないとまで考えた。

だが、翌朝も僕は公園に入っていった。

彼女はまた桜の木を見上げていた。

「おはよう」

「おはようございます」

「どうして毎日桜の木を見上げているの」

彼女はすぐに答えず枝の先を見つめる目が微笑んだ形をしていた。

「また来年咲くまであの枝のどこかに桜の花の子供たちが眠っているんですよね」

彼女はゆっくりとそう言った。

「そうか、そこまで考える人って少ないよね」

「わたし、変わっているんです」

私はそこで思わず彼女に質問をした。

「名前はなんというの」

「広瀬かなめです」

「僕は峯村和広」

「高校生ですよね」

「そう2年生」

「今度さあ、ゆっくり話したいんだけどだめかなあ」

僕は大胆になっていた。

自分でも想像できないくらいの言葉を口から出していた。

これまでに女の子にそんなことは言ったことがない。

だいたい女の子とデートなんかしたことない。

「いいですよ。いつにしますか」

とたんに彼女からの笑顔が来た。

「土曜日とか日曜日とか」

「土曜日は午前中が部活だけど」

「じゃあ午後からはどう」

「いいですよ」

「じゃあ今度の土曜日は」

「はい」

「駅に1時でどうかな」

「分かりました」

「明日もここに来るでしょ」

「来ます」

「じゃあね」

「はい、じゃあ明日」

僕は駆け出していた。

一足一足大地を踏みしめるように、力の限りをつくして駆けた。

駅まであっという間だった。

息は全然切れてなかった。

それより自分のテンションが頂点に達してどこかを思い切り蹴りたかった。

「やったー」

そう叫びたかった。

その日は木曜日だった。

明日も彼女に会えるし、土曜日は彼女と二人きりだ。

じゃあ、どこに行こう。どこに行こうか決めなければならない。

最初のデートなのだからそんなに遠くには行ってはダメだ。

用心されてします。彼女を不安にさせるようなことはしてはいけない。

だったらどこへ行こう。

遊びにいくのではない。

僕は彼女にもっと話をしようと言ったのだ。

彼女とゆっくりと話ができる場所でなければならない。

遊園地や映画などはとんでもない。

そうなるとどこか。

ターミナル駅には大きなショッピングモールがある。

そこならどうだろう。

フードコートならジュースでも買って片隅にでも座れば何時間でもいられる。そこにしよう。

僕はそう結論した。







#6に続く。





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