第379話 エレンさん


<帝都王宮にて>


少し間をおいて、アニム王が声を出す。

「テツ、この剣はエレンに渡してもらえるだろうか」

アニム王はそれだけをいうと、席を立ちゆっくりと歩いて部屋を出て行く。

その歩き方が頼りなかったのは気のせいではないだろう。

騎士団長は回復しつつあるが、まだ少し放心状態のようだ。

フレイアを見るとうなずいてくれる。

ミランの剣をアイテムボックスにしまうと、俺たちも部屋を出てギルドへ向かった。


王宮を出て俺はフレイアに言う。

「フレイア、先に帰ってもらってていいかな。 ばあちゃんたちに報告しておいてもらいたいんだ。 俺はエレンさんにミランさんの剣を渡さなきゃいけない」

「・・わかったわ」

何も言わずにスッとフレイアが前に出て、先に帰っていく。

俺はそのままゆっくりとギルドへ向かった。


時間は8時前だ。

俺はギルドの前で少し立ち止まり見上げた。

大きいなぁ・・そう思いつつ、中へ入って行く。

入り口が音もなくスムースに開く。

ギルドの中は朝だが、結構人がいる。

各部署の戦闘の話題で盛り上がっているようだ。

「・・全戦全勝だな・・」

「・・さすが、英雄ミランだな。 あの紫色の軌跡は芸術だよ」

「この帝都の戦闘というよりも、ワンサイドゲームもすごかった・・」

「・・トリノのいたギルドの戦闘もすさまじかったぞ。 あれレイドルド皇女だろ?」

「・・補給部隊の戦闘開始時の爆発魔法は凄まじかったな」

・・・・

・・

いろんな会話が聞こえてくる。

俺はそんな会話を身体で受けながら、受付へ向かって行く。

どうやら待ち時間はないようだ。

受付ではロディーネが応対してくれた。

「テツ様、お帰りさない。 どういったご用件でしょうか?」

ロディーネが微笑みながら、優しく聞いてくれる。

・・・

こんな時の優しさって、刺さるよな。

「・・テツ様、どうかされましたか?」

ロディーネはかすでもなく、包み込むように聞いてくれる。

どうやら俺の頬に涙が流れていたようだ。

俺は顔を軽く拭き、ロディーネにエレンさんを呼んで欲しいと伝えた。


すぐにエレンさんが奥から現れる。

「テツ様、いかがされましたか?」

エレンさんが言う。

俺は勇気をふり絞り言葉をつむぐ。

「・・エレンさん・・あの大事なお話があるのですが・・」

これが今の俺に出せる、精一杯の言葉だった。

エレンさんはうなずき、ロディーネをチラっと見て俺を奥の部屋へ案内してくれた。

俺も、どうにかついて行くことができ席につく。

俺の前にエレンさんが座り、俺を見つめているようだった。

俺は言葉が出せず、座ったまま目線を下に落とし深呼吸をしていた。

・・・・

「・・テツ様、ミランはダメだったのですね」

エレンさんが静かに言う。

俺は目をパッチリを開け、エレンさんを見つめた。

エレンさんは俺を優しく見つめ、微笑んでいる。

俺はゆっくりとうなずいて、アイテムボックスからミランの剣を取り出しテーブルの上に静かに置く。


テーブルの上の剣を見てエレンさんがわずかに震えているようだった。

そしてもう一つ、黒い魔石を取り出した。

それを見たエレンさんが少しぐらついたようだった。

「エ、エレンさん!」

俺は急いでエレンさんを支えた。

「・・大丈夫です、テツ様・・」

エレンさんはそういうと、座り直して黒い魔石を受け取った。


エレンさんに手を添えたときに、間違いなく震えていた。

黒い魔石を両手で大切に包むと、エレンさんが言う。

「テツ様、私は自分が回復できることを知っています。 ですが、少し時間が必要です・・」

エレンさんは口をグッと結びながら目を閉じていた。

俺には言葉が浮かばない。

俺は席を立ちながらエレンさんに声をかける。

「エレンさん、どうか気を落とされませんように・・失礼します」

その言葉だけを残すと、俺は奥の部屋を出ようとした。

背後で小さな声がする。

「・・うぅ・・テツ様、ありがとうございました・・おつかれ・・うぅ・・」

俺は振り返ることなく、そのままロディーネのところへ行き、エレンさんをしばらく一人にしておいてあげてくれと言ってギルドを出た。

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