第193話 さて、泉の街には用はないな


「泉・・あまりなめるなよ。 お前の言う通り、昨日までの世界じゃない。 だがな、こういったことを許せるほど、俺はできた人間じゃない」

「さ、斎藤さん・・」

小野と言われた女がつぶやき、俺に言葉を投げかける。

「あ、あなた、人を殺したのよ。 殺人じゃない!!」

小野は怯えた目をしながらも俺を見る。

「おばさん、じゃあその女の子の目を潰した斎藤はどうなんだ?」

「お、おばさん? あなたよりも若いわよ! 斎藤さんの行動は防衛行動で許される範囲だと考えるわ。 それにその子といっても異世界人。 日本の法律の適応外の人たちでしょう。 私たちは自分を守るために武器を使ったに過ぎない。 それがたまたま目に当たっただけでしょう。 けれどもあなたは確実に斎藤という一人の人間を殺害したのよ。 それをどう考えているのよ」

小野はベラベラと口を動かして言う。

「フッ」

「な、何がおかしいのよ!」

小野がつっかかってくる。

「言葉は便利だな。 おばさん、日本の法律って・・日本ってどこ? そんな言葉遊びをしているんじゃない。 斎藤なんて死んで当然だ。 子供の目を潰すなんて酷いことを許せるはずがない」

「その行為を、我々は法に従って罪を問うのよ。 それが文化人よ。 それを暴力で奪うのは野蛮人のすることだわ、あなたのようなね」

・・・

この小野って女、言葉の魔術師か?

「おば・・いや、小野だったっけ? 法、法っていうが、日本でその法で救われた被害者っているのか? もし俺が凶悪犯罪被害者なら、犯人を殺すがね」

「それが野蛮人のすることよ。 どんな人間も人権を有するわ」

小野が即答してくる。

ダメだな、こりゃ。

この小野って女、言葉ではいくらでも返してくる。

俺が一歩前に進む。

「な、何よ。 そうやってすべてを暴力で解決するつもり?」

小野が少し身体をのけ反らせて言う。


いやいや、話が違ってきてないか?

俺はレイアの目を潰したやつを始末しただけだ。

それにこんな世界になり、その恩恵を受けた時点で決めている。

悪は即滅すると。

子供の目を潰すなど、悪だろう。

この小野って女と話していると、変になりそうだ。


俺は小野から視線を移動させ、泉を見て言う。

「この檻の中の子を解放してもらえるかな?」

泉は軽く瞬きをすると、受付の男に合図をする。

男がハッとして気づいたように、レイアの檻に近づいて行き檻を開ける。


フレイアがゆっくりと優しくレイアを抱きしめていた。

「レイア・・」

「お姉ちゃん・・」

・・・

俺はそれを背中に、泉たちを見る。

まだ動けないようだ。


「泉さん・・確かに日本という国のあった世界ではなくなりました。 自分たちでルールを作っていくしかないでしょう。 でも、そのルールが気に入らなければ、その国に属さなくてもよくなったのも事実です。 少なくとも私は、こんなシステムを構築しようとする街にいることはできません。 この子の解放には感謝します。 あ、それとこの子の首輪、外してもらえますか?」

どうやら隷属の首輪というらしい。

無理やり外そうとすると、首輪が締まって行くのだそうだ。

首輪に呪詛じゅそをかけて、かけた本人しか外せないという呪いのアイテムみたいだ。


泉が外していた。

なるほど・・泉もギルティか。

だが、一呼吸おくと、俺もザワザワした心境ではなくなってくる。


俺はレイアを背負う。

レイア、軽いなぁ羽のようだ。

見た目だけではなく、かなり衰弱していたのだろう。

俺たちが建物を出て行こうとすると、小野と呼ばれた女がキッと俺をにらんでいる。

その横を通って、外へ出た。

俺の後ろから泉が声をかけてくる。

「テツさん、いい街を作りますよ」

俺はその声に振り向いて、泉を見た。

さすがというべきか、恥知らずというべきか。

いや、やはりさすが政治家というべきだろうか。

一瞬で変わったのかもしれない。

君子豹変す。

良いと思ったことを即座に実践する。

だが、なかなか君子など存在しない。

人の本質はそんなに変わらないと思うが。



泉がテツの背中を見ながら、誰に話すでもなく語っていた。

「まさか、斎藤さんが倒されるとは思いませんでした・・」

横にいた小野がそれに答える。

「はい。 私も驚きました。 あのテツという男、動きが全く見えませんでした。 それにステータスも全くわかりません」

「そうですか・・」

そう答えつつ、泉はこれからのことを考えていた。


斎藤がいなくなったのは痛いが、また誰かを探せばいい。

それに異世界人の知識も合わせて、自分の街を作っていければ問題ないだろう。

前の社会システムより、はるかに効率の良いシステムだ。

無能な政治年配者に余計な気を使わなくて済む。

あのテツという男も、どこかの集団に属しているのだろうか?

前に引き連れていた女とは違った女を連れていたが。

そんなことよりも、今は自分の環境作りだ。

泉はそう思うと、もう斎藤のことは忘れていた。



俺はレイアを背負ってフレイアとともに街の門を出た。

スムースに出ることができた。

門番は何も知らされていないのだろう。

外に出て、少し歩きながらフレイアを見る。

「フレイア、すまないな。 俺が勝手に動いてしまって・・」

「何を言うテツ。 お前が動いていなかったら、私がやっていたところだ。 だが、どうして、私が動こうとしたらおさえたのだ?」

フレイアが変に思ったようだ。


「いや、あの斎藤という男・・何か変な感じがしたんだ。 レベルはそんなに・・といっても、25だ。 レベルではない何か・・こちらの言葉でいうと武道をやっている雰囲気があったんだ。 フレイアのレベルを埋める技を持っているかもしれないと思ったから・・」

「そうなのか」

フレイアは目線を落として言う。

フレイアも納得はしてないだろうが、それよりもレイアのことが心配だ。


「レイア、大丈夫か?」

フレイアが声をかける。

「うん、お姉ちゃん。 それに・・テツさんでしたっけ? 背負ってもらって、申し訳ありません」

魔法で傷は回復しているだろうが、体力はまだだろう。

「レイアさん、しんどくない? お腹空いてない?」

俺は背中のレイアに声をかけた。

「はい大丈夫ですが・・安心したらお腹が空いてる感じがします」

レイアがそういうと、フレイアと一緒に俺は笑ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る