第131話 高頭の実力

 折れた腕を庇うように抑えたまま地面を転がる狂馬。


 ただ、痛みに堪えるための動作であり、戦意は完全に失われている。


 よく聞けば、かれの口からは


「痛てぇ……痛てぇよ」と文字通りの泣き言。


 それを見下ろしている少年は、血走った目を狂馬に向けていた。


「さて、それにて、当チャンネルの再起戦は終了」とリングに上がる高頭剣慈。


「はい、どうもコーチ兼総括の剣慈です。いかがでしたか? 新しい闘技者は? はい、自己紹介して?」


 少年はカメラの前に立った。 興奮から落ち着いた様子はない。


「こういう時は、デビュー戦は緊張しました? って質問するのが決まりですね。 どうでした?」


「あ……」と口を開いて、それから言葉が出てこないようだった。


「おいおい、これじゃ初回で放送事故だよ。 それじゃ名前は?」


「弥生……遠芝弥生……です」


「はい、それじゃ皆さん、弥生ちゃんの活躍に期待してくださいね」


 そこで放送は終わった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「まぁ、初回じゃこんなもんでしょ? 強いて言えば、折角、最初に弱い相手を選んだのに、もう少し派手にやれたでしょ?」


「はい、すいません」と反省会を始める2人。そこに――――


「てめぇ……よくもタダで済むと思ってるのか」


腕を押さえた狂馬が立ち上がる。


「終わりだぞ? うちの連合が何人いるか知ってるか? 町、歩けねぇな!」


恫喝。それで何人も黙らせてきた狂馬だったが……


「いやいや、町を歩けないのはおたくの方だよ」と剣慈は笑った。


煽り目的とか、不敵にとか……そうではない。


心底面白いと大爆笑だった。


「な、なんだ? てめぇ?」


「おたくは、本職さんたちを怒らせたのよね。取り合えず制裁として依頼して報酬貰ったけど……まぁ、可哀そうに……きっと、もっとひどい目に合うんだろうね」


「おまえ!」と激高。 狂馬は痛みを忘れたように立ち上がり――――


「はい、お前ざーこ!」と剣慈の蹴りが折れた腕に入る。


「うっ! があああああああぁぁぁ!」


「ありゃ? 人の言葉を忘れちゃった? そんじゃ寝ててな」


 狂馬の目前から剣慈が消えた。


 どこへ? そう思う思考すら狂馬には残っていなかったが背後に回り込んでいた。


 それから――――


 浮遊感


 「はい、バックドロップで御休みな!」


 見よう見まねではない。 それなりに形になったプロレス技。


 八角のリングは四角のリングよりも堅い。 構造上、中心に鉄柱が通っているからだ。 そして、投げによる吸収性は皆無。


 鉄柱の上には板が張られている。 そこに頭から落とされた狂馬は、当然ながら失神。


 これが、高頭剣慈の実力。 


 パートナーの死後、そのトレーニングを忠実に再現して作り上げた狂気の肉体を有した男の強さだった。

    


 


 

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