第130話 少年と狂馬

 半グレの男 狂馬(本名 佐藤弘)はリング反対側の少年を見る。


 どこか中性的で、とても暴力の世界とは縁がある人間とは見えない。


 よく見えれば、生まれたて小鹿のように足を震わせている。


 喧嘩なら百戦錬磨を自負する狂馬にはわかる。 


 (へっ! 武者震いじゃねぇ。マジで俺にビビってやがるぜ)


 何度も見た事がある。 機嫌が悪い時、たまたま道で見かけた弱そうな奴に因縁をつける。


 同じだ。 足が震えて、何もできない。 ただ、泣きながら謝り、金を差し出す。


 その後、土下座させて靴を舐めさせる。


 狂馬は、そういう行為が大好きだった。加えて――――


(格闘技だ? それで勝てると思ってるだろ? 馬鹿だ。 喧嘩はそんなに甘くない。お前等の売り上げは、全部俺のもんだ!)


この戦いにゴングはない。 ならば――――


「うひゃあおぉ!」と狂馬は奇声を上げる。 一気に走り出してからの蹴り。


 恐怖で強張ってる奴は絶対に喰らう。 そういう蹴りであった。


 無論、少年は避けれない。 辛うじて防御が間に合うもロープを背負い、狂馬の圧力で動けないでいる。


「おらぁ! 言い声で泣けよ! クソガキが」


 それは暴力。 自身の拳が壊れても構わない攻撃性。


 それは瞬発力。 喧嘩は速度だ。


 鍛えてなくても、20秒から30秒は全力で素早く動き続ける。


 スタミナなんて関係ない。 必要ない。 そういう領域での戦い。


 そのまま少年の腰が落ち、膝から――――


「とどめじゃボケ!」と狂馬は足を上げる。 


 その足は靴を履いたまま。それで加減なしの踏みつけを頭部に狙って――――


 空振る。


「なに!?」と驚愕の声。 外したのではない。 恐怖で動けないと思っていた少年がタックルを敢行したのだ。


タックルを耐える……どころか対処法なんて当然知らない狂馬は簡単に倒れた。


「この! 離れろやガキが!」


髪を掴む。 そのまま殴りつける。


有効。 どのような方法であれ、頭部を固定して殴りつけるのはプロのリングでも使われるテクニック。


だが、狂馬は痛みで掴んだ髪を話す。 手首の関節を極められたのだ。


「ぐっ……てめぇ!」と怒りで少年の顔を見る。 そこで初めて気づいた。


少年は視線は、狂馬を見ていない。 そして、ブツブツと繰り返し――――


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……壊します。貴方を壊します。必ず壊します」


 初めて、相手が壊れている事に気づく。 


 その直後だ。手で地面に顔を強く押しつけられた。 それからは――――狂馬には地獄だった。


 文字通り、鉄槌が下る。 強く固めた拳をハンマーのように振り落とされ続ける。


 蓄積されるダメージ。 しかし、失神するほどの一撃ではなく永遠に続くと思わせる痛み。


 その鉄槌は無慈悲で……リズミカルですらあった。


 ついに悲鳴を上げる狂馬。 ただ、本能に従って跳ね除けようと腕を伸ばす。


 この状態でやってはいけない事は、回転して背中を相手に見せる事。 それから、嫌がって手を伸ばす事。


 そんな事は狂馬は知らない。 伸ばした腕を取られ――――関節技。


 悲鳴。 それは今までとは種類が違う。


 腕が折れた時に上げる悲鳴だった。


   


 

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