第87話  業野秋貞対卯月知良⑤


 イギリスのボクサー 


 『悪魔王子』 ナジーム・ハメド


 その独特すぎるボクシングスタイルは有名だ。


 ノーガードで相手を誘い、スウェー(上半身を後方へ反らして相手のパンチを避けるテクニック)のみ回避。


 空振りした相手に体当たりと見間違う勢いで飛び掛かり、パンチを当てる。


 そして、この飛び込んでくるような打撃。意外とレスリング系の選手と相性がいい。


 卯月も後方へ下がりながら相手の打撃を捌き、パンチの打ち終わり……空振りして、一瞬だけの隙を狙ってタックルのような動きで強打を打ち込んできている。


 やりづらい……と業野。


 難易度の高いスタイルではあるが、日本の格闘家でもハメドをリスペクトしたスタイルの選手は皆無ではない。 だが、やはり……使いこなしている選手は数少なく、業野も知識としては知っているが、実際に相手をした経験はない。


 ならば、どうする? 答えは意外なほど簡単だ。


 業野は基本に戻る。 


 変則的な相手。 下手に手を出していけば、強打を受けてしまう。


 だから、基本通り。距離を維持しながらジャブを放ち、ローで蹴る。


 相手の動きに惑わされてはならない。


 徹底した正攻法により、相手を変則的な封じる。


 業野は、それを成し遂げるメンタルの強さ。 そして打撃の技術を持っていた。


 こうやって、徐々にダメージを蓄積させていき……意識を散漫にさせ……


 そうすることによって、初めて強烈な打撃が入る。


 右ストレート


 打った業野の拳に確かな感触が残る。


 卯月は、腰から崩れ落ちるようなダウン……までいかない。


 避難するかのように後ろに下がる。


 チャンスだ。 顔は下げられ、こちらの様子を見ていない。


 だから、再び強打が入る。 業野は大きく踏み込み、卯月の頭部を狙って蹴りを放つ。


 だが業野の蹴りは宙を切る。


 卯月がさらに低くしゃがみ込む……いや、倒れ込んだ。


 (勝った!)


 そう確信した業野。その足に卯月が飛び込んだ!


 (何を? タックル? 効いたフリ? いや、確かにダメージはある……はず)


 そんな思考の渦。 だが、卯月は待ってくれない。


 テイクダウンした動きの中で足関節。 アキレス腱固めを狙う。


 させない! 捕まていない足で卯月の肩口を蹴るように強く押してやる。


 これだけでアキレス腱固めは防げた。 だが執拗に卯月は業野の足にしゃがみつき離れない。


 足関節の攻防。 足関節と足関節の狙い合い。


 近代総合格闘技でも、中々見なくなっていってる攻防に観客の熱量も上がっていく。


 だが、業野の本音は付き合いたくない……


 卯月の足関節に付き合っているフリ。 狙いは自分の有利なポジションを奪う事。


 流れの中でアキレス腱固めの極め合いになってきた。


 だが、業野はこれを拒否。 素早く立ち上がり、丸まっている卯月のバックを奪う。


   


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る