第88話 業野秋貞対卯月知良⑥
業野は寒気を感じた。
しかし、その理由がわからない。
卯月のバックを取った。
背を向いた相手の胴体を両手で抱え込む。絶対的に有利なポジション……そのはずだ。
嫌な予感。そんな理由で破棄していいポジションではない。
このまま、相手を地面に押さえつけ、跨ればバックマウントだ。
相手が嫌と言うほど、殴ってやれば――――
「業野! 罠だ。 腕関節を狙われているぞ!」
セコンドからの声。 それは客観的で、当事者の業野より冷静な判断なはず。
そこで気づく。レスリング出身である卯月が簡単すぎるほど、バックポジションを与えてきた事に。
胴体に巻き付けた腕。 それに卯月が自身の腕を巻き付けてきている。
ストレートアームバー
そういう名前の関節技を狙ってきている。
相手の肘付近に自分の腕を巻き付けて、相手の肘を支点にして腕を折り曲げる。
そういう技だ。
「――――ッ!」と嫌がる業野。 だが、卯月の腕力は想像以上のものだった。
筋肉隆々ともいえない体。 比較的に細いと印象の腕に、どうしてこんな力が宿っているのか?
業野は投げを選択する。 このまま後方に反り返れば、プロレス技のジャーマンスープレックスになるが、本格的なレスリング経験のない業野がそこまで大技を狙えるわけはない。
ただ、シンプルに相手の体を持ち上げて、地面に叩きつける。
それで、次の展開に移行できる。 だから――――やる!
しかし、卯月が奇妙な動きを見せた。
持ち上げた卯月の頭が前へ、そのまま下へ下へ、下がっていく。
鉄棒の前回り?
胴体を締め付ける業野の腕を支点(?)にして前に回転していく。
その勢いにつられ、業野はバランスを崩した。そのまま前へ、うつ伏せの状態に倒れる。
この時、業野の脳裏に過ったのは卯月の状態である。
寝技というのは目隠してしてもできる。 そりゃそうだろう?
いちいち、目で相手の状態を確認して関節や絞め技を狙っていくわけではないのだから。
およその手の位置、足の位置が分かれば寝技の攻防は可能。
しかし、この瞬間――――
業野は卯月の状態を見失っていた。
(何をされている? 足関節? だが、これは――――)
次の瞬間、業野の足に激痛が走った。
まだ完璧に技が極まっていない。 本来なら逃げる事は十分に可能。
しかし、逃げ方がわからない。
背後から両手で足の甲を押さえられている関節技。
裏アキレス腱固め
耐える業野。耐えれる状態……だが、逃げれない。
どうする? どうやって逃げる? その思考に痛みが浸透していく。
最終的には、ただただ痛いとしか考えられなくなっていく。
そうして最後には――――
ポンポンとマットを2回たたく。
タップアウト……ギブアップを意味する行為だ。
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