第84話 業野秋貞対卯月知良②

 卯月の構えは低い。


 時折、素早い動きで地面に片手をつける。 タックルのフェイントだ。


 対して業野は無反応。 フェイントだと見切っているわけではない。


 倒されても問題ない。寝技勝負なら勝てると思っているのだ。


 それに、まだ距離がある。 今はタックルが簡単に決まる距離ではない。


 最初は打撃でいく。 業野はプランを固めた。


 だが、意外と攻めづらい。 


 MMAの主流である北米スタイル、ボクシングとレスリングの構えの類似点から2つの競技を統合させたスタイルであるが、卯月の構えはそれ以上の前傾姿勢。


 四足獣


 通常の構えよりも頭が前に出ているため、ローを狙い難い。


 (ではジャブを中心にパンチで組み立てていくか)


 そう考えた次の瞬間には卯月が前に出ていた。


 (タックル! ――――いや、違う!)


 タックルをフェイントにオーバーハンド気味のパンチを左右から叩きこまれた。


 ガードの上。それでもノーダメージとはいかない。


 さらに3発と雑と言っても良い大振りが放たれる。


 打撃には攻撃のリズムと言うのがある。 練習で繰り返した動きは体に染みついて、自然に連打を打てるようになる。


 この時、相手の打ち終わりを狙う選手も入れば、打たせてスタミナを消費させようとする選手もいる。

 

 では業野は?


 やられたらやり返す……打ち合いを恐れず前に出るタイプだ。


 相手の攻撃を受けている最中にガードを外してパンチを打つ。打撃の本職だって簡単にできるもんじゃない。


 業野は、それを敢行した。


 宇月の変則的パンチにタイミングを合わせて――――


 業野の強打が卯月の顔面を捉えた。


 卯月の体がガックと下がる。 打撃が効いた……のではない。


 タックルだ。


 うまい! と業野は心内で絶賛した。


 卯月と業野。 卯月が業野を上回っているのはテイクダウン技術くらいだろう。


 ……もしくは経験か?


 業野が負けるとしたら? 卯月の変則的な打撃でKOされてしまう事だ。


 業野は、キックのベルトを持っている。 


 キックボクシングの本場である日本のベルトだ。容易い物ではない。


 だが、それでも業野は打撃以上に寝技が本職である。


 倒された業野はセコンドに目をやる。 グラ研のメンバーはいる。


 いつだって、一緒にやってきた。


 いつだって、みんなで試合に挑んできた。


 だから――――勝つ!


 業野の動きは早業だった。 倒され、下になった直後に動き出す。


 腕と足で卯月の腕をロック。 オモプラッタを狙った。




   


 

 

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