第83話 業野秋貞対卯月知良①

 会場には鉄塁空手の連中が多くいる。


 当然ながら本家の人間も入れば、分家筋である蒼井派。さらに細かく枝分かれして鉄塁会館、あるいは独立して新な流派を名乗っている人間。


 しかし、全員が動揺を押さえている。


 流派が違えど、鉄塁空手の館長を名乗る男の敗北。


 それは郡司飛鳥という1人の人間に対して敵意を植え付けるには十分な結果であった。


 失神から意識を取り戻した岡山達也は立ち上がり、まだリングに残る郡司飛鳥に握手を求めている。


 その時、両者が交わした言葉がどのようなものだったのか知る由もないが、両者が笑顔で交わしている反面、決して友好的な言葉ではないはずだ。


 だが、次の試合が始める。


 負けた岡山達也が何を思い、何を語ろうが、


 勝った郡司飛鳥が何を思い、何を語ろうが、


 会場にいる鉄塁空手門下生が何を――――いや、門下生全員が飛鳥への挑戦を決意したに決まっているのだが……


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 次の男は、新進気鋭のキックボクサーだった。


 元々は総合格闘技のプロ選手。それも寝技主体のチームメンバー。


 しかし、80キロ近くの体重を、さらに増量して、キックボクシングの団体でヘビー級のベルトを手にしている。


 ボクシングのヘビー級と同様にキックボクシングのヘビー級も選手層が薄い。


 だからと言ってプロのヘビー級キックボクサーをキックルールで倒す。


 それは快挙である。 男の名前は、業野秋貞。 


 背後にはチームであるグランド研究会。略してグラ研と言われるメンバーを引き連れての入場だった。


 対して、対戦相手の名前は卯月知良。


 男が現れた瞬間、会場はざわつき始める。 その内容は――――


 「まだ現役だったのか?」


 「もう、年齢が40代くらいだろ? いや、50じゃないか?」

 

 「かつてのレジェンド選手もこうなってしまうと……筋肉どころか脂肪も落ちてるじゃないか。体重、何キロだろ?」


 会場内で飛び交う言葉通り、男は――――卯月はレジェンドと言われる格闘家だった。


 約30年前、レスリングをベースに多彩な関節技と奇抜な打撃を駆使して活躍したのが、この卯月知良だ。


 総合格闘技創成期に間違いなく日本人最強の一角と言われた選手。


 しかし、ヒザの故障や加齢のためか? ピーク時には88キロの体重だったはずだが……70キロよりも下。 60キロの前半でもおかしくないほど落ちているように見える。


 レジェンドの前に頭を下げる業野秋貞。 それを当然と思っているのか、卯月知良は軽く頷くだけ。そのまま無言で離れていった。


 そして試合が始まった。

  

 

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