第73話 佐々間 零対上地 流 ③

 ぐっ…… ぐっ……と零の上半身が上がっていく。


 (逃げ方を知っている? だが、こちらにとっても!)


 三角締めを深くかけ直すチャンスとばかりに流も動く。 しかし、零の方が速かった。


 開いた隙間、体を捻じるようにして三角締めからの脱出なる。


 そのまま立ち上がる零。だが、その行動に流は違和感を覚える。


 (今、そのままパスガード……横から覆い被ってこようとしていなかったか?)


 立った状態で動かない零。 流は、仕方なく立ちあがる。


 再び違和感。 


 (仕方なく立ち上がる? まるで俺は立ち技をやりたくないようじゃないか)


 立ち上がり対峙する瞬間に零の顔を見る。 


(思い返せば、試合が始まってから相手の顔をキチンと見るのは初めてではないか?――――コイツ、なんて顔してやがる)


 この時、流が見たのは澄んだ零の表情だった。 何者にも囚われていない……流とは違う。


 嗚呼と流も理解する。 今まで誤魔化していたが、自分は囚われていた。


 鉄審空手 蒼井派の王者たる自分が、因縁の本家派の大会に出る。


 それで負けたら? だから、空手ではなく寝技を選択したのだ。


 空手では負けられない相手だから……


 ならば? ならばどうする? 上地流!


「空手で勝つしかねぇだろうが!?」


 間合いを詰めると乱打。 乱打に混ぜて、狙いは左右のアバラ上部。


 こうして狙ってやると―――ほら、頭部の守りが緩む。    


「お返しだ」と流の体は飛び上がり、がら空きの顔面にヒザを叩きこんだ。


 渾身の一撃。 


 この感覚で立ち上がって者はいない。だが……零はダウンすらしていなかった。


 「面白いですね」


 零は発した言葉に流は背筋が凍るような恐怖を感じた。


 だが、動く。恐怖で体が止まる事なんてあり得ない。


 両者が間合いを詰めて殴り合う。 そこはフルコン空手の領域。


 ならば負けぬと吠える流。 鉄審空手、何千万人といる門下生のほとんどは蒼井派についている。 そこのトップの自分が……本家だ、なんだというだけの弱小空手流派に負けるはずがない! 


 「―――でも、この戦いは私、佐々間零と上地流の2人だけの物でしょ?」


 まるで、流の心を読んだような零の言葉。 それにより、流に隙が生まれる。


 「……こうでしたかね?」


 零の拳が流のボディに叩きこまれる。 それも……アバラの上部。


 (俺のコンビネーション……だが、俺だって倒れぬ!)


 流の想像通り、ヒザが顎に叩きこまれる。 


 (倒れぬ……俺は俺の技では倒れぬぞ、零!)


 「お見事!」


 零は絶賛の声と共に上段回し蹴りを放った。


 それでこの戦いは決着した。

 

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