第72話 佐々間 零対上地 流②

 佐々間 零


 上地 流


 試合開始と共に両者、間合いを縮める。


 蹴りの間合いを素通りして、突きの間合い。


 先に放ったのは上地 流だった。 


 唸る拳。


 しかし、拳は宙を切る。 そして、衝撃。


 零の飛び膝が下から流の顎を叩く。


 両膝から力が抜ていく感覚。 だが、留まった。


 ダウンはせぬ。 そういう強い意思が流の体を動かした。


 しかし、奇妙な事に零からの追撃はなかった。


 (なぜ? 初手から、十分すぎるチャンスだろ?)


 零は先ほどより、若干広く間合いを取り、こちらの様子を窺っているように見えた。


 (なるほど、華麗に決めたいのだな。一撃で……この俺を!)


 強引に前に出る流。 着弾を恐れず、ガードを高める。


 再び、拳を放ち―――― 再び、拳は宙を切った。


 横!


 横に飛んで逃げた零に向けて上段回し蹴りを放つ。


 しかし、そこに零はいなかった。


 動きが交差する瞬間、両者共に前に出たため――――


 零は横ではなく流の背後に立っていた。 流に恐怖が走る。


 (果たして―――後頭部を殴るのは反則だったか?)


 両手で頭部を抱え込み、背後の攻撃からの攻撃に備える。


 (頭部以外はがら空き。 しかし、頭さえ守れば、一撃で倒れることはない)


 だが、零は行ったのは投げ。 


 背後から足を引っかけ、胸を押されて転がされた。 


 太極拳のような技。 そう考えた流の目前に拳が迫っていた。


 防御……間に合わない。 覚悟を決めた流であったが、拳は顔の寸前で止められた。


 寸止め


「流派によっては、これで決着ですが……続けますか?」


 零の飄々とした言葉。  


「なめるなよ!」


 止められた零の腕を流が掴み、下から両足を絡ませていく。


 意外! 空手家による腕十字。


 上地流は純粋な空手家である。 しかし、日本王者になるほどの情熱があれば、他の格闘技の情報も耳に入る。


 日本王者の立場になれば、他の競技からの誘惑も多い。


 寝技の練習も1度、2度ではない。 


 柔道、柔術、サンボ、レスリング、忍術……


 それぞれのトップクラスの選手との繋がりもあり、一緒に練習した事もある。


 空手の日本王者である流が持つ寝技技術は本職に敵わないまでも、趣味程度の相手ならば遥かに凌駕する。


 零も腕が伸びきるよりも早く防御。 しかし、次の瞬間には技が変化する。


 三角締め


 片腕ごと零の首を流の両足が絞めに入る。


 完全には極まっていない。


 首の左右にある頸動脈が絞められ、脳へ向かう血液の流れが遮断すれば意識を失う。 逆に言えば、僅かに隙間があれば、極まらない技である。


 ここで無理に逃げようして、頭を抱え込まれると危険な状態になる。


 流は関心していた。 腕十字の対処もそうだが、三角締めも極め切れていない。


 想像以上に寝技に精通している。


 だが、それは零が自分よりも寝技を知らないだろうと思い込み――――慢心であった。

  

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