第71話  佐々間 零対上地 流 ①

 「しかし、お父さん」と岡山達也。


 「なんだ、息子」と岡山幸喜。


 両者の言葉に相反して親子の情が欠片も見えない会話だった。


 達也は、こう続ける。


 「もちろん無給でお父さんに出場してもらうのは流石に気が引けるので、ちょっとした贈り物を用意していますよ」


 「贈り物だと? よくもぬけぬけと……」


 「まぁまぁ、次の試合を見ておいてください。いきなり、先代たちの大願を叶えて差し上げてますよ!」


 あまりにも大げさな大言。 何をするつもりかと訝しがる幸喜ではあった。


 しかし、次に入場する選手を見た瞬間、衝撃のあまり椅子から立ち上がった。


 「達也……お前……よくぞ。やってくれた」


 「はい、これぞ我が一族の大願ってやつでしょ?」


 オクタゴンに現れた選手は空手家だった。 空手衣の胸には鉄審空手の文字。


 しかし、男にとってこの場所はホームではなく完全アウェーだった。


 鉄審空手 蒼井派 


 岡山たちが創設者 岡山鉄造の遺族たちによって経営されている鉄審空手 本家。


 その一方で岡山鉄造が後継者と指名したために鉄審空手が追われた男の名前は蒼井 総悟。


 鉄審空手の本家に対して分派の代表と言われるのが、蒼井総悟率いる鉄審空手 蒼井派である。


 本家が主催する大会に蒼井派の空手家が立つ。 これは極めて異例の出来事だった。

 

 上地 流


 それが、その男の名前であり、昨年の蒼井派 オープントーナメントの日本王者である。


 対するは――――


 佐々間 零


 鉄審判空手本家館長 岡山達也の懐刀と言われる人間が初めて公の場に現れた瞬間である。


 「お父さん、初めて行われる蒼井派との交流戦。 1勝を約束しますよ」


 岡山達也と笑って見せた。 


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 上地 流は平常心を保っていた。


 蒼井派と本家の間にどんな取り決めがあり、自分はこの舞台に立っているのか?


 そんな高度に政治的な出来事に興味はない。


 試合がやれば受ける。 それが自分である。


 相手は、本家で秘密兵器と言われていた人物――――佐々間 零。


 本家と袂を分かった関係とは言え、空手業界にいれば聞こえてくる名前だ。


 天才……らしい。


 流は対峙する零の手を見た。 綺麗な手をしている。


 およそ、空手家の手ではない。 ピアニストとか、手タレとかように美しさすら感じる異常な手をしていた。


 生まれて一度も拳を振るった事のない人間の手をしている。


 本当に強いのか? という疑問すらすり抜けて、格闘経験があるのか?と疑ってしまう。


 空手と言っても新空手といったグローブをつけた形式の空手もある。


 もしかして、グローブ空手出身か? そう考えるが、グローブをつけたからと言って、拳が綺麗なままでいられるだろうか?


 流は自分の手を見た。 今はオープンフィンガーグローブに包まれている。


 しかし、自分の拳はしっかりと思い出さる。


 堅い物なら、癖のように叩かざる得ない。そうやって育てた拳だ。


 骨は変形して拳タコができている。 肌色ではない。黒く濁っている。


 今も皮膚が擦れきれ、血が滲み、黒いかさぶたがある。


 異形の拳である。 


 ならば……


 「ならば……勝つ」


 流れはオクタゴンの中心に立った。


 

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