第70話 余談

 八角形のリング、オクタゴンの前に特別な席がある。


 長机にパイプ椅子だけの簡素な席ではあるが、大会関係者でも特別な人間だけも座る事ができる。


 真ん中には、主催者である岡山 達也。 他にはメインスポンサーになっている企業の人間。 テレビで何度か顔を見た事のある政治家などなど……


 だが、岡山達也の横に不愛想な老人が座っていた。


 その老人は岡山に向けて、こう言った。


 「こんな下らん喧嘩大会がお前がやりたかった事なのか、達也?」


 一瞬で空気がピリピリとした物に変わった。


  しかし、主催者である岡山は柔和な表情のままで、


 「そうですよ? お父さん」と返した。


 老人の名前は岡山 幸喜。


 鉄審空手 本家 3代目館長――――いや、正確には元館長だ。


 それから、岡山達也とは実の親子でもある。


 「インチキ合気道、壊し屋の空手家。それを戦わせて、何が面白い」


 「でも、観客の評判はいいですよ」


 「ふん、何が観客じゃ、まるでプロレスでも見に来たように浮かれおって、これが武道と言えるのか? まるで30年前の異種格闘技じゃな」


 「そう言うと思っていました」と岡山達也は柔和な表情のまま、


 「どうです? お父さん。 次の次である5回戦は俺の出番なんですが、特別にもう1試合……逆シードとして組手でもしてみませんか?」


 「なにを――――」


 ふざけた事を言っている。そう怒鳴りつけようとした老人の言葉が止まる。


 「えぇ、ふざけていません。先々代とお母さんには許可を取っていますよ」


 「―――ッ!?貴様、本気でこんな場所でワシと!」


 「えぇ、これが俺の―――私の目的の1つです」


 「謀りおって……」と老人の手は震えていた。 


 老人の母と妻は創始者岡山 鉄造の直系であり、自分は婿養子である。


 かつては鉄審空手の頂点にいた老人でも逆らえぬ相手。


 その2人が、この見世物で息子である達也と戦えと言っている。


 もう自分に権力はない事を内外に示せと言っている。


 これは老人―――岡山 幸喜にとって屈辱である。


 しかし、屈辱であるが……老人は実力を認められ婿養子となり、館長になった男だ。


 今も、日課の稽古をさぼった事はない。 現役時代と変わらぬ稽古量をこなしてきた現役の空手家である。


 (負けぬ……むしろ、ここで勝ち、先代としての権限を大きく……)


 (……なんて、事を考えているだろうね、おとうさん。わかりやすい人だ)


 くっくっくっ……と笑っているのは親子のどちらであろうか?

 


 

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