第67話 内藤隆対相楽宋士郎④
振り出しに戻ったと思われる内藤隆と相楽宋士郎。
しかし、表情に出さないだけ……内藤は足に大きなダメージを負っていた。
放った蹴りを止められ、伸びた足に体重を浴びせられた瞬間。
強烈な関節技を受けたような痛み。 本来なら普通に歩けるような痛みではない。
それを顔に出さないどころか、戦うを継続する意思しか残っていない。
擬態
痛みを隠し、弱点を隠す。 しかし、相楽もそれには気づいている。
相楽は、パンパンパンと作業のように何度も蹴りを繰り返す。
それを嫌がり、足を後ろに引いて下がる内藤。
――――そのタイミング。
飛び込むように正拳突き。近代総合格闘技ではスーパーマンパンチと言われる打撃。
これにより、一気に間合いを詰めた相楽は、打撃を連続で繰り出す。
連打というよりも乱打。
内藤は亀のようにガードを固めて耐える。
だが、相楽の拳は凶器。 どんなにガードを固めても、細い貫手を止められない。
内藤の胸に貫手が突き刺さり、呼吸が止まる。 その隙を相楽は見逃さない。
次の貫手は顔面に向かって跳ね上がっていく。
これを受けるわけにはいかない。 強引に体を捻らせ、辛うじて直撃を防ぐ。
しかし、目を掠め、マブタの上が切り裂かれた。
鮮血
目に血が入り、視界が狭まる。 勝機と言わんばかりに相楽の連撃が加速していく。
だが、勝機を得た瞬間こそに隙が生まれる。増して、これは接近戦。
内藤は瞬時に相楽の頭部を抱え込むと、天を貫くように高く――――
膝を相楽の顎へ叩きこむ。
その足は、痛めていたはずの足。だから――――
相楽からの警戒が薄くなるのを想定してからのひざ蹴りだった。
想定外の一撃。
一瞬、相楽から意識は消失する。
内藤の追撃。 無防備になった胴体に連続で正拳を5発。
(これで――――仕留めきる!)
意識を失ったところに強烈な正拳を受け、相楽は倒れないまでもヨタヨタを後ろへ後退していく。
さらに追撃。 その側頭部に回し蹴りを叩き込み――――
相楽宋士郎ダウン。
大の字に倒れた相楽を見下ろし、内藤は深い呼吸―――空手でいう息吹というやつだ。
さらに残心。これは勝利しても戦場から心を離れさせないと言うよりも、確かな予感。
必ず―――まだ、相楽宋士郎が立ち上がってくるという予感。
それを内藤の理性が否定する。
(馬鹿な。 顎への膝蹴りだけでも常人なら確実に失神。その後の上段回し蹴りを受けて―――)
立ってくるはずはない。 そう考えるよりも早く相楽が動いた。
動いたといっても人間のような動きではない。まるで虫。
地面を這うというよりも蠢くような動作。 意識では戦おうとしているが体の自由がきかない。 そのように見える。
これが通常の試合ならば、内藤の勝ちが認められる。
試合の続行はない。 だが、このルールでは、まだ内藤の勝利は認められない。
ならば……ならば、壊すか? 内藤? 踏みつぶせ。 後頭部へ踵を落とせ!
そう内藤に呼びかける者がいる。 それは内藤自身の声だった。
壊す……殺す? そうしないと終わらない戦いがあるのならやるのだ。やるべきなのだ。
やるのか? 殺るのか? 内藤?
幻聴だ。 壊し屋と言われた内藤は、自身が既に壊れている事を自覚する。
路上が主戦場。相手は武器を有することもある。
結果、脳に蓄積されたダメージは大きい。 だが、それよりも精神のダメージは根深い。
事実、自分が守るべき組織が消滅しても、内藤は夜な夜な通り魔の如く、強者を求め町を彷徨っていた。
狂ってる。 もうお前は狂ってる。 だから……
もう良いじゃないか。 殺そう。
そしたら、また刑務所に戻れる。 管理された環境なら狂人でも安心して生活できる。
他人を痛めつけなくていいからだ。
そうでなくても、病院でもいい。 精神病院なら傷つける相手は、自分でもいい。
自傷すればいいのだ。
ならば……
「おいおい、なんて面してんだ?」
それは内藤の声ではなかった。 相楽の声だ。
倒れたはずの相楽が立ち上がっていた。
「わかるぜ? 自分もそうだった。 頭が腐っていくような感覚だろ?」
「……」と内藤は無言。しかし、深くうなずいた。
「壊し屋稼業。その行く果ては破滅さ。アイツだったらお前さんを救ってくれると思ったんだがなぁ」
「アイツ……」と内藤は、すぐに誰の事が思い至った。
郡司飛鳥
彼との戦いは、光だった。 闇でしか生きれなかった自分が初めて見た光だ。
だから、自分もそこに行こうとした。 いける。そう信じたかった。
「だったら、どうする? どうする? 内藤隆や!」
「押忍! 行きます」と内藤は、相楽に対して構えを取った。
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