紅蓮の日常

第66話 内藤隆対相楽宋士郎 ③

　相楽の連打。一撃が激しい痛みを感じる。

　だが、それでも内藤は前に出る。

　内藤が相楽よりも遥かに勝る点は若さ。……つまりはスタミナとフィジカルだ。

　一撃、二撃と相楽の体に攻撃が入るようになる。さらには――――

　ローキック、ボディブロー×２、　顔面を狙うのはガードが下がってから。

　ほら、ショートアッパーが入る。

　その表情は内藤とは対照的に痛みを隠さない。　

　確実にダメージを与えている。……そのはずだ。

　しかし、内藤にもわかっている。　手足から伝わる嫌な感覚。

　相楽は僅かな動きで致命傷を防いでいるのだ。

　つまり、内藤が一方的に攻撃するように展開をコントロールしている。

　なんのために？　攻撃のリズムを作らせて、攻めを単調にさせて……

　内藤のローキック。

　常に骨を折るつもりで蹴っているローだ。　相手の足の骨も、自分の足の骨も折れても構わないと手加減などせず、常に本気のロー。

　突然、その自慢のローに襲った異常な感覚。

　まるでタコの触手を蹴ったら、そのまま巻き付かれたような感覚だった。

　内藤の足と相楽の足は絡み合っていた。

　本気で放ったローをいなし、足で足を巻き付けた？

　誰ができるそんな事？　だが事実、現実に起きている。

　内藤の足に相楽の体重がかかってくる。

　そのまま相楽が座り込めば、真っすぐに伸びた内藤の足……その膝が体重に曲げられ……

　関節が破壊される。

　内藤の危機管理能力は最大限の警報。　

　足が完全に破壊されるよりも前に、内藤は自ら倒れる。

　「――――ぐっあぁ！？」と試合中はポーカーフェイスを貫いた内藤の表情はゆがみ、苦悶の叫びが漏れる。

　ヒザの完全破壊は免れた。しかし、ヒザへのダメージは皆無ではない。

　立ちあがれるか？　そう考えるよりも早く、相楽が覆いかかってくる。

　「寝技勝負！？」

　そう驚く内藤の耳元で、相楽は、小さく囁く。

　「どうした？　壊し屋相楽は、寝技ができないと思ったか？」

　「――――ッ！？」

　内藤は相楽を拘束するように抱きつく。ガードポジションと言われる体勢だ。

　だが、内藤は自分の悪手に気付いた。

　相楽の指は凶器だ。　まるで先端が尖った金槌。

　尖った金槌なら、ほんの少しの動作で人を痛めつけられる。

　「がっ！」と激痛に内藤が言葉を吐く。

　貫手。

　真っすぐの伸ばした五本の指が、アバラを避けて胸に突き刺さる。

　しかも、それで終わらない。　凄まじい指の力でアバラを折ろうとしてくる。

　内藤、すぐさまガードポジションを解くと相楽の腕をアバラから引き剥がし、下からの腕十字を仕掛ける。

　だが、極まらない。　相楽は首をロックする内藤の足を外し、再びガードポジションの体勢に引き戻した。

　「どうだい？　意外とうまいものだろ？　壊し屋が壊されたら笑い話にもならないからね」

　相楽は楽し気に言う。

　「総合とか流行りだす頃には空手よりも練習したものさ」

　相楽は打撃を振り落とす。　一撃、二撃と……内藤が相楽を拘束を緩んだ隙に動く。

　足を掴むと下へ力を込め、下がった内藤の足に跨ったと思うと、素早く回転。

　ヒールホールド

　両足で相手の太ももを固定。腕で相手踵を捻じる事でヒザの靭帯を破壊する技だ。

　だが、回転の方向に内藤も動きを合わせる。

　仰向けからうつ伏せになった瞬間に片足で踏ん張り、立ち上がった内藤は相楽が絡みついた足を引っこ抜いた。

　「今時は空手家でも、意外と寝技ができるもんですよ」

　「……やるじゃねぇか」