第68話 内藤隆対相楽宋士郎⑤

眩しい光が見える。 ……あれは太陽か?


「――――ッ! いや、違う!」と内藤は上半身を起こす。


跳ね起こした自分の体は酷く反応が遅く、もどかしい。 


太陽に見えた光は会場の照明だった。


内藤は倒れ、会場の天井へ設置された照明を見ていたのだ。


(ダウン? 何をもらった? 相楽は?)


 負け……その二文字が脳裏を掠める。


 だが、視界に写った相楽の姿。 片膝と片腕を床につけ、起き上がろうとしている瞬間だった。


 大量の汗に、苦痛で歪んだ表情。


(……相打ちだったのか。そうか、まだ戦わせてもらえるか)


内藤もゆっくりと立ち上がる。 相楽の立ち上がる速度に合わせている。


最低限の休憩。最低限の回復。 それを維持しながらも、突如として相楽が奇襲を仕掛けてきても対処できるように……


 不意に気づく、相楽の体に記憶にはないダメージが見て取れる。


 それは自分の体もそうだ。 幾層にもダメージを重ね熱を帯びた体。


 もちろん、戦いの最中に受けた攻撃の全てを覚えているわけではないのだが……


 (なるほど、記憶が飛んでいるのか)


 強烈な打撃を頭部に受け、記憶の前後が抜け落ちる事はある。


 意識がないまま、戦い続けた競技者の話は、よく聞いたこともある。


 しかし、あれは本当に無意識のまま、戦っているだろうか?


 それとも、直後の記憶が失っているから、意識がないままで戦っていたように錯覚しているだけなのだろうか?


 ……だめだ。 頭部にダメージが残っている。 意識の混濁。


だから、注意力と集中力が散漫。 戦いとは関係のない事を考えてしまっている。


相楽は立ち上がり、内藤も同時に立ち上がる。


観客たちからは興奮の声援と拍手が送られる。


(名勝負と思われているのか? これが人前で金を貰ってみせるような戦いか?)


しかし、どんなに否定しようとも内藤の体内から湧き上がってくる感情は否定できない。


声援が選手の力になる。


そんな御伽噺のような話、普段ならば鼻で笑う。


だが、事実……


「いい顔してるぜ? 内藤」と相楽が話かけてきた。


「壊し屋風情が環境を楽しむな……そう言いたいのですか?」


「いいや? 自分が壊し屋だったのは昔の話だぜ?」


「……」


「楽しめばいい」


「ッ!? 何と?」


「お前だって、俺だってそうだったはずだぜ? 空手を最初に始めた頃は楽しかったはずだ」


「……それは否定できませんが」


「いいじゃねぇか? 楽しんじまえば。空手家が2人。盛り上がった観客の前で試合をする。空手家にとって本懐の1つじゃねぇか」


「だが、自分は空手家の前に壊し屋です」


「壊し屋の前に空手家だろ?」


「――――ッ!?」


「夢から起きる時間だぜ? 坊や。 悪夢は終わりさ。 ここから先は――――


空手家同士の真っ向勝負の時間だ」


そう言い終えると同時に相楽が前に―――

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る