第33話 キックボクサー 花 聡明 ⑥


 「コイツ!」と悪態をつく聡明。


 コーナーに押し付け、ラッシュをかけた。 その途中に飛鳥の狙いには、当然気付いている。


 こちらの攻撃を受けて、打ち終わりを狙ってくる戦法。


 だから、罠に引っかかったフリをしてやった。


 飛鳥の頬を叩いたパンチは囮。本命はパンチが通り過ぎたモーションを利用して肘をがら空きの顔面に叩きんでやった。


 クリーンヒット……ってやつだ。


 本気の肘打ちを叩き込んでやった。 必ずダウンさせる……いやそれだけじゃ済まずに失神KOだったありえた。そういうつもりで打ち込んだ肘だった。


 「それを、コイツは!」


 まるでタックルのような速度で抱き着いてきやがった。


 クリンチ――――否。


 そのまま、俺の体を引っこ抜くように持ち上げて――――


 走りやがった。


 コーナーから反対側のコーナーへ。


 まるで短距離走の走り。人を抱えた状態。 なんてフィジカルだ。 俺より軽いはずなのに、軽々と――――


 ドンッ!と背中がコーナーに押し付けらるれる。


 ダメージはない。 いや、ダメージがないのはフィジカル的なダメージだけ、メンタル的なダメージは大。


 俺の精神は混乱している。


 できるのか? 戦いの最中、相手をクリンチ状態から持ち上げて、コーナーまで一瞬で走りこむなんてマネが……


 試合で可能なら、一瞬で有利になる戦術だ。


 いや、ルール上はどうなってる? 反則にならないのか?


 注意くらいは受けそうだが……


 「チッ」と俺は舌打ちをする。 別に考察をしたくてしているわけではない。


 コイツの、飛鳥のホールディングが強すぎて動けない。


 総合やってる連中の特徴ではあるが……コイツは別格だ。


 「どんな腕力してやがる? この野郎!」


 動けない。 


 コーナーに押し付けられて、飛鳥を払うための動作が封じられている。   


 腕ごと抱きつかれ、下から持ち上げられるような抱きつけられ、蹴りも拳も封じられ、首相撲ですらできない。


「近間にもほどがある。いい加減に起きろや!」


 厄介な事に飛鳥の意識は混濁している。


 だから、クリンチも離さない。 追加の攻撃を仕掛けてこない。


 タイミングをずらして無防備になっていた頭部に肘を叩き込んでやったんだ。当たり前といえば、当たり前だが……


 そこで俺は気付いた。 飛鳥の視点がぼやけた瞳に光が戻っていくのを……


 「……あれ? 俺は一体?」


 「化け物みたいな回復力だな」


 「聡明さん? あぁ、まだ試合中でしたか。 ここはコーナー? それじゃ……」


 飛鳥の頭部が俺の顎に向けて跳ね上がる。


 頭突き


 「おいおいバッティングは反則だぜ?」


 飛鳥が意識を取り戻した直後、緩んだホールドから腕を無理やり、引っこ抜いていた。


 どんなに強烈な頭突きでもグローブでガードすれば、ダメージはない。


 「喰らえ!」


 俺は、高く上げた腕を勢いよく折り曲げるように肘打ちを飛鳥の額に目掛けて振り下ろす。


 だが、空振り。


 一瞬の動き。 こちらの攻撃の直前、クリンチを解いた飛鳥は俺の体を押しのけるように押し、その反動でバックステップ。


 距離のひらいた。そして、攻撃を躱され無防備な俺に、飛鳥は――――


 拳を叩き込んだ。

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