第34話 キックボクサー 花 聡明 ⑦

 激痛。


 想像以上の激痛が聡明の体を蝕む。


 戦うための精神が、闘魂が――――


 純度の高い痛みによって霧散されていく。


 痛い。それしか考えられない。


 動きが静止した聡明に向かって、飛鳥の二撃目が振るわれている。


 目前に行われている攻撃。 それを聡明は痛みによって認識できない。


 飛鳥の放たれた真っ直ぐなストレートは聡明の顔面を――――


 捕えなかった。


 飛鳥は大の字でリングへ倒れた。


 今度こそ、今宵2度目のダウン。


 聡明は飛鳥の攻撃をヘッドスリップ。頭を滑らすように飛鳥の打撃を避けて――――


 カウンター一閃。


 直撃した飛鳥は動きを止めた。


 「危なかった。激痛で意識が持っていかれる攻撃か……事前に聞いていなかったら危なかった」


 聡明はチラリと視線をジムの隅へ動かす。 そこには揺らめく人影があった。


 何者か? 


 それはさて置き、どうして飛鳥の突きを受けて聡明がカウンターを放てたのか? 

 その神通力の正体を説明しよう。


 覚悟の量。 プロレスラーは技を受けるのに事前に覚悟を決める。


 よく例えで使われるがどういうことだろうか?


 10年ほど前にアメリカでこのような実験が行われた。


 格闘家ならスタンガンを打たれても行動が可能か? という実験である。


 ご存じの通りーーーー


 スタンガンとは、電気を利用して打たれた相手の筋肉を強制的に収縮させられ、本人の意思とは無関係に体の自由が利かなくなる……そんな武器である。


 繰り返すが……スタンガンとは強制的に筋肉を収縮させる武器。 


 人間が打たれて動けるはずがない。


 しかし、結果がそれらの効果に反して――――


 スタンガンを打たれた格闘家はぎこちない動きでありながらも立ち上がり、早歩きで動き始めたではないか。


 つまり、人間は行動不能になるダメージを受けても、ダメージを受けた後の行動を予め強い意志でイメージすることで、動き続ける事が可能なのだ。


 閑話休題。


 無論、行動が可能でも激痛にさらされているのは変わりない。


 その場に座り込んだ聡明は


「あんたのアドバイスで助かったぜ」と幽霊のように揺らめく人影に感謝を口にした。


「いや、お礼を言われるまでもありません」


 そう言って姿を現したのは 



 鉄審空手本家派館長側近――――


 佐々間 零



「彼の戦いを直接見たいというのは私の我儘です。それに……」


「それに?」


「どうやら、彼……まだ止まっていないみたいですよ」


「なに?」と聡明は振り向く。


 そこで信じられない物をみた。


 確かな手応えを得て、殴り倒したはずの飛鳥が立ち上がろうとしている姿だった。


 その姿にゾクリと寒気が走る。 


 まるでゾンビだ。 殺さないと止まらないのか? コイツは?


 聡明が感じたものは恐怖だった。


 しかし、そんなものを吹き飛ばすように―――


 「まだ10カウントとはいかないみたいですね」と零は微笑した。


 それが合図となり、聡明は動いた。


 自分が抱いた恐怖を――― いや、恐怖を感じた自分の恥をかき消すように動く。


 

   

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