第32話 キックボクサー 花 聡明 ⑤

 乱打。まるで体がコーナーに埋もれていくような激しい乱打だ。


 飛鳥は頭部をかばうようにガードを固める。


 今は2Rの開始数秒経過。 3Rまでまるまる3分も、この攻撃が続くはずはない。


 だから、決定的なダメージを防ぐためにボディは捨てる。

 

 しかし、聡明が放つのは、今までのボディブローとは違う。


 今までのインパクトの瞬間に力を緩め、グローブの重さを衝撃に変えるパンチではない。 まるでフルコン空手のようにパンチをインパクトの後も相手に押し付けるようなパンチ。


 まるで飛鳥の肉体を杭で張り付けにするが如く。


 (まだ、まだ……我慢だ)


 飛鳥は耐える。 狙いは攻撃の繋ぎ目。


 このまま打たせておけば、いずれはスタミナが切れ、パンチの速度も衰えれくる。


 そのタイミングでガードを甘くして、攻撃を頭部で誘導。


 その攻撃をいなして、打ち終わりに強烈な一撃を入れる。それが飛鳥のプランだった。


 しかし――――


 聡明の攻撃に継ぎ目が現れない。


 ドドドドドド……と削岩機のような打撃で飛鳥を束縛している。


 なんというスタミナ。 無尽蔵と言葉が飛鳥の脳裏に過る。


 本当にあるのか? スタミナ切れ?


 例えば、ボクシングのように12Rで36分に12分の休憩で48分間も戦う事を想定した有酸素運動的競技エアロビックの選手なら長時間の猛ラッシュを続けられるかもしれない。


 しかし、キックボクシングは3R……あるいは5Rの戦い。


 ボクシングのように瞬発力を犠牲にしてスタミナを強化するような競技ではない。


 来る……必ず、攻撃の速度が緩むタイミングが来る。


 そして、それは来た。


 僅かに聡明の攻撃が鈍った。 その瞬間、まるでボディが効いたかのようにガードを下げる。


 (ほら、飛びついてこい。 脳に運ばれる酸素すら欠如した運動量で、罠にかかれよ!)


 飛鳥の熱望を叶えるように聡明のフックが飛んでくる。


 飛鳥は、それを受ける。


 頬に飛んでくるパンチを受けるタイミングで首を捻り衝撃を逃がす。


 首捻り。 


 ボクシングの高等技術と言われているが、それはあくまで激しい動きの中でパンチの初動作を隠すボクシングにおいて、難しいディフェンス技術とされているだけ。


 初めから来るとわかっているパンチなら簡単に合わせられる。


 現に飛鳥は聡明のパンチをいなして反撃に――――


 ガンッ!


 (なに……を…された……?…)


 確かに飛鳥はパンチを受けて、ダメージを殺した。


 しかし、次の瞬間には頭部へ激しい衝撃。衝撃と共に意識が薄れていく。


 膝から崩れ落ちていく飛鳥。 本日2度目のダウン……にならず。


 意識が薄れていく飛鳥はダウンを拒否するかのように聡明に抱き着いた。


 クリンチ


 いや、クリンチではない。 こともあろうに飛鳥は、その体勢から――――


 聡明の体を持ち上げた。

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