第19話 合気道 武川盛三の場合 ⑤

 飛鳥は痛みを感じていた。


 それと体温が上がり、毛穴が広がるような感覚。


 肘が破壊された。 ……いや、完全に破壊されたわけではない。


 まだ動く。だが、攻撃に使用するのは難しい。


 もしも、あの技……確か、一条って名前だったか?


 振り回された瞬間、反射的に足を強く踏ん張っていたならば、完全に極まっていただろう。


 やばい、そう感じ瞬間には飛んでいた。


 盛三が振り回す速度と同じ速度でジャンプ。


 前に飛びながらも、空中で後方回転。


 プロレスで言うならばシューティング・スター・プレスの動き……いや、サッカーのオーバーヘッドキックを前に進みながら出したと言ったほうがわかりやすいか?


 とにかく、技が極まる前に蹴りを放てたおかげで、肘の完全破壊は免れた。


 目前の盛三は「くっくっく……」と笑っている。それから、


「次は放しませんよ」と手を見せながら、閉じたり開いたりして挑発してくる。


 俺は痛めた腕を庇うような仕草をして、顔をしかめてみせた。


 盛三は困惑しているようだ。 


 そりゃ、そうだろう。 普通は隠す。


 ポーカーフェイスだ。


 痛めている様子を見せたら相手はそこを狙うに決まっている。


 相手がこちらのダメージに気づいていても効いてないフリをする。


 あれ? もしかして痛くないの? そんな疑心暗鬼に陥ってくれたら儲けものだから。


 かつての俺なら、そうしてただろう。 しかし、今の俺は違う。


 立場が、意識が、そしてなによりも職業が違う。


 俺はユーチューバーだ。 視聴者に痛みが伝わらないなら意味がない。


 これはレビュー動画だ。 合気道の技が、武川盛三の技が……どのくらい痛いのか画面から伝わらないと意味がない。


 だから、次の攻撃は痛めた右腕からじゃないといけない。


 右腕を前に突き出す。


 みんな、驚いてくれたかい?


 おいおい、お前が一番驚いているみたいじゃないか? 武川盛三?


 もう一度、右だ。 さらにもう一度、右。


 右のトリプル。 か ら の 左ハイキック。


 入った。


 十分な手ごたえ! いやキックだから足ごたえ……ねぇよ。そんな言葉。


 一発で倒しかねない威力を込めた一撃。


 だが、盛三は倒れない。 それどころか、前に――――タックル!?


 片足でアンバランスな体勢。 耐え切る方法もなし。


 勢いのまま倒される。 反射的に盛三の体を捕縛するように抱きしめ、足を両足で絡ませる。


 だが、俺の顔面に盛三の前腕がねじ込まれる。 顔面を強く圧迫され、捕縛が弱まる。ゆっくりと盛三が上半身を起こしてくる。


 防御している俺の足をあっさり外すと――――


 マウントポジション!?


 おいおい、合気が馬乗りになっていいのかい?


 あまりにもスムーズにマウントを取られて驚愕する。


 俺の顔に満足したのか盛三はニンマリと笑う。


 その顔は……若返っている? そんな馬鹿な。


 錯覚ではなく、明らかに顔が変わっている。 


 なんだ? マンガの登場人物みたいに一時的に気で若返ったりできるのか?


 ――――そんな馬鹿な!


 「悪いな。合気道の前は、こっちの出身なんだよ」


 そういうと俺の顔面に拳を振り落としてきた。



 


  




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る