第18話  合気道 武川盛三の場合 ④


 ―――少し前―――


 盛三は手刀を振り下ろす。


 どうだ? 驚いた顔してるぜ?


 合気道には打撃7 投げ3なんて言葉がある。


 だからと言って、合気道の使い手がジャブとかフックやら、ストレートってなんかおかしいって思われるだろ?


 だから手刀だ。 それっぽいだろ?


 意外性は高い。 度肝を抜かれる事は請け負う。


 しかし、実戦的ではない。 だから初手から視界を奪わせてもらった。


 その右目を狙って左の手刀だ。 コイツはボクシングでいうジャブ代わり。

  

 タイミングと距離感を計って……ほら、右のストレートだ。


 逃げるな。逃げるなって! チッ、意外と広いな八角形。


 いや、それだけじゃない。 こいつ……郡司飛鳥が逃げるのがうまい。


 だが、いずれは……


 鋭い痛み。 その直前の打撃音……


 蹴られた? このタイミングで? どうやってだ?


 飛鳥は後ろへ後ろへと下がっていた。 そんな状態でどうやって?


 ……下がりながら蹴ったのか? そんな馬鹿な。だが……


 「天才め」と気がつけば口にしていた。


 認めてしまえば、強烈な寒気が盛三の背中を通り抜けた。


 それでも……と盛三は前に出る。


 再びロー。それからストレートが顔面に叩き込まれる。


 ようやく、盛三は足を止めた。


 間違いない。コイツは、後ろに下がりながらキックやパンチを繰り出している。


 普通はできない。


 打撃を練習する時、蹴りでも突きでも同じだ。


 一歩、踏み込んで放つか、その場に留まった状態で放つか。その2つだ。


 後ろに下がりながら打撃を出す練習をしている格闘技?


 探せばあるのかも知れないが、少なくとも自分は知らない。


 打撃では勝てないか。 ならば、次の作戦を行うだけだ。


 疲労感。 自分は50代の老人のように見えている。


 だから、この程度の運動でスタミナを激しく浪費してもおかしくはない。


 呼吸は大いに乱れている。


 ……そういう演技だ。


 食いつけ、食いつけ。この罠に食いつけ。


 ほら、おいしそうな餌だろ?


 来た。 大振りのパンチ。


 盛三は、その場にしゃがみ込んだ。


 パンチは頭部を過ぎていく。 目前には飛鳥の腹部。 このまま抱きつけばカウンタータックルってやつだ。


 だが、それは合気道じゃないだろよ。


 「つ~捕まえた!」


 掴んだのは、飛鳥の腕。


 それを引いて飛鳥のバランスを崩す。


 プロレスラーが相手をロープへ飛ばす時の動き。 ハンマースローっていうらしいな。


それとよく似たような動きで相手をくるりと動かして……


 一ヶ条


 合気道の基本にして極意と言われる技。


 相手をうつ伏せにさせて、腕を押さえて相手の動きを止める固め技だ。


 流派によって違いがあるがうちの流派の一ヶ条は過激だぞ。


 腕を取った相手のバランスを崩しながら、振り回すような動作。


 その最中に腕が真っ直ぐ伸びたら――――


 振り上げた腕を肘を目がけて振り下ろし、その関節を破壊する。


 ――――なにがあった? 目の前が真っ暗だぞ?


 頭がグルグルしている。


 蹴られたのか? あの状態で? どんなバランス能力と身体能力だ?


 だが……破壊したぞ。


 確かに破壊した。 飛鳥の真っ直ぐに伸びた腕に打撃を叩き込んだ感触は残っている。


 おそらく、その直前に蹴りを受けたために、腕を叩き折るまではいかなかったようだ。


しかし、その腕。 離れてガードをしているが、試合中では満足に動かせないのではないか? いや、動かせるわけがない。


右目の視力に続いて、左腕を奪った。


また少し、勝利に近づいたぞ。


「くっくっくっ……」と気づけば笑い声が漏れていた。


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る