第20話 合気道 武川盛三の場合 ⑥
マウントポジションを取った盛三は拳を振り下ろす。
決して大振りにはならないよう。コツコツと細かく速く。
嫌がる飛鳥は頭部を庇うようにガードを上げる。
そのガードした腕を取り、上から体重で押しつぶすように関節技を仕掛けてくる盛三。
腕がらみ。 V1アームロックと言われる関節技だ。
無論、狙いは痛めている方の腕。
嫌がり防ごうと飛鳥が動くと――――
あっさりと技を解き、再びマウントポジションでコツコツと殴る。
今度はブリッジで盛三のバランスを崩そうとするが、体勢が崩れない。
盛三のマウントは相手の腹部に座り込んで、動きを制限させるマウントではない。
むしろ、逆。地面につけた膝にバランスよく体重をかけているため、飛鳥の腹部に盛三の体重は感じられない。
そんなマウントだからこそ、下からの激しい動きに対処できているのだ。
「俺のマウントは崩れない」と盛三。
その表情は、虚勢も傲慢さもない。 ただ事実を伝えているだけの顔だった。
「このまま繰り返すだけ。すると、いずれは俺の関節技が極まる。もうタップをしなさい」
その言葉に対して飛鳥は
「いずれ極まる……か。だったら、それよりも早く脱出しないとな」とニヤリと笑った。
むッと顔を顰める盛三。その背後、にゅると何かが現れ、盛三の胴体に絡みつく。
突如として現れた謎の触手……いや、飛鳥の両足だ。
挑発され、気づかぬうちに重心が前になっていた盛三。
飛鳥は腹筋を使い、両足を跳ね上げた。
TKシザース
総合格闘技創世記に誕生したマウントからの脱出法。
マウントの最中に前のめりになった相手の胴体に両足を挟み、後方へ押し倒す。
上を取っていた盛三が消えた。 飛鳥は素早く立ち上がる。
再び両者は立った状態で対峙。 しかし、飛鳥の呼吸は荒い。
「マウントじゃ仕留めきれなかった。けど、寝技で下になった者は上を取った者の3倍もスタミナが消費するって柔道じゃ言うらしいね。 今の君はどうだい?」
「お気遣いなく……スタミナの話で思い出したけど、アンタ若返ってない? どういうトリック?」
「若返っている? いやいや、逆だよ。俺、37歳だからね」
「はぁ?」
「髪は白く染めてるだけ。顔のシワはメイクだからね。汗で落ちてきたんだろうよ」
「どうして、そんな? いや、事前情報でも55歳って……アンタ、いつからそんな嘘をついてるの?」
「もう5年前くらいかな。武道家として箔をつけるため……もういいや。本当の事を話すと俺の合気道なんてインチキだよ」
突然の告白に飛鳥も「……」と絶句した。
「俺、総合格闘技ブームの世代でね。メジャーじゃないけど、マニアなら知ってるような団体でプロになってランキング2位になったこともあるんだぜ」
盛三は照れるように言った。
「けどさぁ、格闘技ブームが終わって通っていたジムが潰れちまったんだ。 俺だけなら移籍って方法もなったけど、ほかの連中がかわいそうだろ?」
ポツポツと声が暗いトーンに変わっていた。
「だから、いろんな場所でやった。 夜の駐車場とか公園とか……すぐに警察が来て解散さ。せめて学校の体育館でも借りれればって思ったけど、どこも総合格闘技じゃダメだってさ」
「もしかして……」
「そう、だから合気道って嘘をついたんだ。不思議だけど、総合格闘技より危ない事やってる武道の方が学校関係者に受けがいいだよね。 親が子供は入門っていうのかな? 合気道も? そんな感じで気が付いたら5年で道場が立っていたよ」
「良いの?」
「ん? 何がだい?」
「そういうのを秘中の秘って言うんだろ? 動画の撮影してるの言っても良いの?」
「良いんだよ。 最終的に俺が勝って、撮影してるスマホを壊せばいいんだから」
「くっくっくっ……」と盛三は笑う。
「アンタ、思ったより怖い人だね」と飛鳥も盛三を真似て「くっくっく……」と笑ってみせた。
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