第11話 空手家 内藤隆の場合⑪
かつて内藤は空手団体の内弟子だったそうだ。
空手団体も規模が大きくなれば、全国に、あるいは海外に支部が存在している。
内弟子とは、そういった場所で指導者となる者を育成するシステムのようなものだ。
大会で優秀な成績を残した者は、10代で寮に入り、メシを食べ、空手の稽古づけの生活をする。
空手で食べていこうと思った者が内弟子になるのだ。ある意味ではプロの空手家候補と言ってもいいだろう。
内藤隆もそういう若者の1人だった。
そんな内藤が壊し屋と呼ばれるようになるきっかけとも言える出来事があった。
内藤も内弟子から指導員へ。正式に空手団体の職員として給料を貰う立場になって数年。
同期の指導員が空手団体を裏切るという話が流れて来た。
裏切るとは穏やかではないが、あり得ない話ではない。
世界大会で優秀な成績を残した者が独立して、新たな空手団体を立ち上げる事はよくある話だ。
内藤の同期も優秀な空手家であり、独立を進めていた。
名前は……確か、木村だったか、田中だったか…… ここでは木村と呼ぶことにしよう。
とにかく、そこで木村は仁義を欠く出来事を起こしたそうだ。
詳しくはわからないが……おそらくは引き抜き。
慕っている後輩を複数人引き抜いて、自分の立ち上げる新しい空手団体の門下生としようと画策していたのだろう。
これがどうして不義なのかと言うと、空手団体にしてみたら一気に数十人分の月謝が消えるのだ。
5000円から1万の月謝。数十人分の月謝が消える。
団体としては、愉快な話ではない。 それも本来なら広告塔である世界大会の上位者が率先して、それを行おうをしているのだ……
そして、同期である内藤にも、引き抜きの話が回ってきた。
2人の間に、どのような話があったのかわからない。 しかし、結果から言うと――――
内藤は木村の腕を折った。
空手家同士のいざこざ、と言っても立派な傷害事件である。
しかし、内藤は不起訴となっている。 おそらくは、目の上のたんこぶとなっていた木村に怪我を負わせた事で、空手団体が喜び、法的な支援を全面的に内藤へ行ったのだ。
ここで内藤の人生は大きな分岐点となった。
壊し屋内藤。
これをきっかけに、自身が所属する団体に不利益な行為に及ぶ人物への闇討ちを行うようになっていった。
例えば、他団体のエースを路上の喧嘩で怪我を負わせるなど……
数多くの暴力事件を起こしておきながら、破門もされず空手団体からの給料で生活していた事を省みれば、
おそらくは、空手団体からの指示があっての事だろう。
しかし、そんな生活も数年で終わる。
内藤の暴力事件とは無関係な所で、空手団体は終わりを向える。
理由は、館長の脱税。
空手団体の代表の脱税が明らかになり、団体の大きく傾き……
そして消滅した。
しかし、内藤は止まらなかった。
空手しか知らない10代。 人に怪我をさせる専門家となった20代。
人を壊す事しか知らない内藤にまともな生活を送れるはずもなく、夜な夜な町に繰り出しては喧嘩を繰り返した。
壊し屋 内藤。 その精神は、とうの昔に壊れていたのだった。
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「ふ~ん」と飛鳥は話を聞き終えると、最後に内藤が眠っている廃墟を見た。
どこか、無関心な飛鳥の態度に、話をした男は憮然としていたが
「まぁ、50万人もチャンネル登録者のいる広大なネットの海に放りこまれたんだ。これから大掛かりな悪さもできないだろよ」
そう言って笑い始めた。
「良いことだろ? これで彼も表舞台に帰れるんだ」と飛鳥は廃墟を見たままで呟いた。
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