第12話 転章 ①

 そこは大きなビルだった。


 駅前の一等地という立地条件。資産価値を考えると数十億円……


 だが奇妙な事に、そのビルはひどく古ぼけている。 近所の子供たちは、おばけビルと噂をしている建物だ。


しかし、ある人物が歩いていた。


佐々間 零(ささま れい)


中性的な容姿。 長い髪を後ろでまとめている。


色素が薄く、白い肌。髪は黒色のはずだが……


ウェーブのかかったブロンドヘアーを無理矢理黒く染めたかのような不思議な印象。


異国の地が混じっているのかもしれない


ほっそりとした顔立ちと肉体は、ダンサー……それもバレリーナを連想させる。


そんな人物がビルの最奥で足を止め、扉にノックをする。


その扉に傾いたプレートが飾っており、そこにはこう書かれていた。


『館長室』


そして、中なら入室を促す声。


「入れ」と短い声に誘われて零は中へ。


 中にいたのは男。 その男は不遜であった。


 金髪の坊主頭。


 スポーツブランドのジャージ。アンダーアーマの上下ジャージだ。


 机に両足を乗って座る態度は、まるでチーマー。最近では半グレと言った方がぬ伝わりやすいか?


  人の気配がない建物を根城にしている悪。 そう思うだろう。ところが――――


 「お呼びでしょうか? 館長」 


 零は頭を下げた。


 半グレのように見える男。 名前は岡山 達也。


 鉄審空手 本家 4代目館長である。


 鉄審空手は、世界的な知名度を誇る空手団体である。

 

 門下生は世界で1000万人。


 1000万人。凄い数だ。 もう辞めた者、例えば入門して1回で辞めた者が含まれたとしても、1度は安くない月謝を支払っているはずだ。


 それが、どうしてボロボロの建物に? そう思う者も多いだろう。


 空手の神と言われた初代館長 岡山 鉄造。


 あらゆる異種格闘技の戦いを制した男。


 それだけでは満足せず、熊と戦い、虎と戦い……


 岡山 鉄造とは、そういう男だった。 強くなりたい者たちのカリスマだ。


 その鉄造がなくなる直前に残した遺書にはこう書かれていた。


 遺族に鉄審空手の運営を任せてはならない。


 英断だ。


 空手がうまくない空手団体の館長? あるいは一度も空手着に袖を通した事のない館長?


 誰が認めるだろうか?


 しかし、その遺言に遺族たちによって反発された。


 それも当たり前だ。 月々に入ってくる膨大な金額を捨てれる人間は少ない。


 もっとも、原因はそれだけではない。


 鉄造の遺言は本人が書いてものではない。 弁護士による代筆によるもの。


 しかも、それが書かれた時に遺族は締め出され、空手関係者に囲まれた状態で書かれた物。


 だから、揉めた。 


 遺言によって明らかになった海外にいる鉄造の愛人と隠し子への遺産分配も遺言書への不信感が増した原因なのかもしれない。


 揉めに揉めて、戦いは法廷へ。


 結果、勝ったのは遺族側だった。


 鉄造が2代目館長として使命された男は鉄審空手を追い出された。


 ところが、問題はこれからである。


 多くの鉄審空手門下生が脱退。 元2代目館長の下に集結して、新たな鉄審空手の創設。 新鉄審空手の誕生となった。


 残され僅かな門下生と遺族は、鉄審空手に本家と加え


 『鉄審空手 本家』


と名前を変えて空手団体として活動を行っている。


(もっとも、収入の多くは、岡山 鉄造の権利や著作物によるのもになっているが)


つまり、ここが『鉄審空手 本家』の総本部であり、4代目館長の館長室である。


その館長 達也が口を開く。


「なぁ、零。 お前、キンボ・スライスって男を知っているか?」 


 

 

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