第6話 空手家 内藤隆の場合⑥
必殺技。
日常生活で聞けば噴飯ものの言葉ではあるが……
内藤の言葉ならば、それは本当に必殺技なのだろうと飛鳥は考える。
飛鳥が持つ内藤の印象。 どこか天然であるが、本質は真面目。
お笑い芸人で例えるならばキャイ〜ンのウド鈴木のような人物。
そんな男が言う必殺技とは?
期待がワクワクと膨れ上がっていく。
「俺は今から、胸に向って必殺技と繰り出す。しっかりとガードを固めていた方がいい」
「――――ッ!? ど、どれほどの自信があるのですか?」
「? 言ったはずだが? 必殺技だと」
戦慄が飛鳥を襲う。 全身が総毛立つほどの寒気。
まさか…… まさか…… まさか……と心中で繰り返す。
内藤から溢れてくる殺意がバチバチと電気のような痛みに変わり伝わってくる。
必殺技…… 必ず殺す技と書いて必殺技。
比喩ではなく、本当に? 本当に殺すつもりで打ってくるのか?
人を殺しかねないほどの強烈な打撃を?
「では、いくぞ」
その内藤の声にあわせ、飛鳥はガードを固める。
二本の腕をクロスさせた
岩よりも硬い受け技と言われている防御法ではあるが……不安が残る。
互いの間合いは3メートル。いや、4メートルに近い。
格闘技の間合いよりも球技のパス練習の距離。
しかし、膨れ上がった内藤の殺気は、この距離から仕掛けてくる事を肯定している。
飛鳥には一瞬、内藤の体が大きくなったかのように見えた。
次の瞬間、
「消え――――」と飛鳥は最後まで言葉にできなかった。
内藤の姿が消えた。そう思った瞬間に胸へ衝撃が襲い掛かってきた。
衝撃という呼ぶ事ですら生ぬるいと躊躇するような衝撃。
その衝撃のままに飛鳥は後方へ大きく吹き飛ばされる。
ガードしていたはずの腕は脱臼の心配をしなければならぬほど派手に弾かれ、浮かび上がった肉体はリングのロープに……
ど、どんな技だ…… どんな威力だ……
飛鳥は、言っていた。戦いの最中に格闘家が持つ考えは混沌であり、支離滅裂のはずだと。
それを自ら証明するかのように……
この日、飛鳥が連想したのは、目前で大砲を発射されたかのようなイメージだった。
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空手界にまつわる一撃必殺神話。
かつて空手には、こう言われていた時代があった。
「空手の技は全てが一撃必殺。直接、相手に当ててはならぬ」
しかし、それを拒否したフルコン空手の普及によって否定された。
否定されたはずではあったのだが……空手家ならば隠していても燻っている。
俺も一撃で相手を華麗に倒す技を使いたい!
その気持ちを持っている。
「名づけて一撃必殺拳……どうだった?」と内藤。
「……」
「声も出ないほど驚いてくれたかい……じゃ、次は本気で打たせてもらう」
「――――ッッッ!?」と飛鳥は絶句した。
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