第5話 空手家 内藤隆の場合⑤

 「はい、付け直しましたよ」と飛鳥は呆れ半分の口調だった。


 盛り上がればいい。そう考えているだろう彼でも、戦いの最中に相手のグローブを一時的に外すことになると思ってもみなかったのだろう。


 それも上着を脱ぐためだけに……


 そのまま、スーと後方へ。飛鳥は内藤との間合いを広げていく。


 その途中で気づいた。 先ほどは近すぎて気づかなかったのだが……


 「……まるでボディビルダーですね」


 内藤の肉体への感想。


 隆起し肥大化された筋肉。 ボディビルの最高峰、ミスターオリンピアを連想させる。


 だが、違和感。 ふくらはぎカーフの筋肉が未発達。


 所謂、チキンレッグ……否。 断じて否。


 突きや蹴りを繰り出す末端部分は細く、動作の起点となる体の中心付近を意図的に鍛えられている。


 ボディビルダーの肉体ではなく、間違いなく競技者の肉体。


 「なぁ、お前はボディビルダーの体についてどう思う?」


 内藤の問いかけは、飛鳥が抱く感想を見越してのことだろう。


 「使えない筋肉」


 断定的な答えに内藤は目を丸くしたが、その言葉には続きがあった。


「……なんて言われていますが、ボディビルダーの身体能力が高くないのは筋肉そのものに原因があるのではなく、筋トレ方法に原因があると考えられていますね」


 「ほう……」と内藤は声を漏らした。予想より詳しかったから、少しだけ驚いたのだ。


 さらに飛鳥は続ける。


 「どんな競技あれ重要とされるのはフォーム……基本とされる動きには、反動、勢い、筋肉と筋肉の連動、体重移動などなど……それらを使い、筋肉が出す以上の力を生み出す。わかりやすいのは野球の投手でしょうか?」


 ゆっくりとした動作でボールを投げるマネをする。


 高く上げた足を地面につける体重移動。その勢いを利用して前のめりになると肩を撓らせ……架空のボールを投げる。


 「しかし、ボディビルのトレーニングの多くは、これらを否定しています。徹底して部分鍛錬。 勢いを使うな。反動を使うな。腕を鍛える時は腕の一部だけに強い負荷を……強い強い負荷は、やがて競技に必要な動きを消し去っていく……」


 「まぁ、近年は研究も進んで、その理屈の限りではなくなってきたがな」と内藤は口を挟んだ。


 「加えて、ボディビルダーの筋肉は太く大きくなる性質がある速筋。瞬発力をつかさどる筋肉……スピードとパワーを生み出す筋肉。俺らには……どの競技にだって必要不可欠な筋肉のはずだ。だから……」


「だから、それを説明するために、わざわざ上着を脱いだってことですか?」


 飛鳥の皮肉に「むっ」と内藤は唸った。


 「長い話でしたが、それも……」


 「いや、違うぞ」


 「違う? では、なんの話だったのですか?」


 「今までの話は、俺がこれから繰り出す技を説明するのに必要な事だった」


 「繰り出す技? それは興味がありますね。何を出そうとしているですか?」


  内藤は短く、少し照れながら答える。



 「……必殺技だ」



 




 

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