第4話 空手家 内藤隆の場合④

 空手家、格闘家、スポーツ選手、アスリート、競技者……


 いろいろな呼び名がある。 自身が何者か? と問われた時の返答も人それぞれだろう。


 だが、俺らに共通しているのは、勝ちたいという気持ちだ。


 俺は勝ちたい……むしろ、いるのか? 負けたいなんて思う人間が?


 いや、探せばいるのかもしれないが、その気持ちは共感できないだろうし、理解もできない。 ……しようとも思わないだろう。


 俺たちは負けず嫌いだからこそ、ここに立っている。


 だが、目前の人間――――郡司飛鳥。  職業 ユーチュバー。


 彼はその気持ちが薄い。


 勝とうという気持ちよりも……撮れ高というのだろうか?……映える映像? よくわからない。


 とにかく、そういう映像を取るのが目的であり、最優先事項なのだろう。


 近いのはプロレスラー……いや、むしろお笑い芸人に近しいのではないだろうか?


 「どうかしましたか?」と飛鳥。


 内藤は雑念を払うために空手の呼吸法である息吹を1回。


 無理やり精神を落ち着かせ「いや、なんでもない」とだけ答えた。


 「そうですか……では続きを聞かせてください」

 

 「続き?」


 「空手は背負うとか捨てるとか、そんな小さな物ではない……でしたかね? では、貴方にとっての空手とは?」


 まるでインタビューだ。 

 

 戦いの最中だぞ? このまま蹴り上げてやろうか?


 そんな事が脳裏に過ぎる。 しかし、それをする気すらなくすほどに飛鳥は無防備だった。

 

 「……」と無言の俺に飛鳥は何を勘違いしたのだろうか? 勝手に話始めた。


 「話易い人っているじゃないですか? 僕は、そういう空気感? オーラ? みたいな物があるらしくて、対戦相手は皆さん語ってくれるんですよ。ありがたいですよね……ほら、試合が終わった後のインタビューって本物じゃないですよね?」


 「本物ではない?」と思わず聞き返した。


 飛鳥の言う、話し易い空気感とは、そういうことなのかもしれない。


 「えぇ、戦いの最中ではなく、終わった後の言葉は本物ではありません。

 あの時は、こう考えて動いた。 これって言葉を吟味して、思い出して……

 捏造した記憶でしょ?」


 「捏造とは言いすぎだと思うが?」


 「でも、戦っている最中の荒唐無稽で脈略もなくて、理不尽で意味不明で……それが本物感リアルなんですよ」


 「……俺の考えとは相違してるな」


 「別に良いのですよ。それがリアルだろって、モニターの向こうにいる視聴者に共感してもらえれればね! さぁ、聞かせてください。貴方に取っての、内藤隆が思う空手道とは?」


 「俺の空手道とは……」と気がつけば、俺はポツポツと語り始めていた。


 「空手には種類が大量にある。フルコンタクト空手。伝統派空手。琉球から流れを汲む空手。防具をつける空手。グローブをつける空手。寝技のある空手……沖縄から本州へ伝わった唐手が空手に変化して100年以上……空手は自由だと俺は思う」


 「空手は自由ですか? それでは、先ほど貴方が見せたボクシングのような打撃も空手だと言えますか?」


 「あれは……そう、空手だ。空手は自由に変化する。空手家とは、その自由を表現する端末に過ぎない」


 「なるほど、では、ここからの戦いも、貴方独自の空手を見せてくるという事でしょうか?」


 「俺独自の空手……そうだな。ならば、提案がある」


 「提案?」


 「このグローブを外してくれないか?」


 「……素手の殴り合いを希望しているのですか?」と飛鳥は警戒するような口調だった。


 「いや、道着の上を脱ぎたいんだ。 試したい技があるんだ」 

 



  


 

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