第3話 空手家 内藤隆の場合③
投げられた飛鳥は驚いた顔をしている。
それを見た内藤は動きを止めた。
倒れた相手に攻める。 それは寝技に精通した者なら有利なのかもしれない。
内藤は空手家だ。不用意に攻めて痛い目にあうデメリットの方が多い。
だから、ゆっくりと飛鳥が立ち上がるまで待った。
(うん、悪くない。空手家の俺が行う空手以外の選択肢)
立ち上がった飛鳥へ内藤は左拳を向けた。
左ジャブ、ジャブ、ジャブ……右ストレート。
ボクシングと空手。同じ殴るという行為でもまるで違う考えと動き。
今、行われているのは明らかにボクシングの打撃だ。
それも付け焼刃の打撃ではなく、それなりに形になっている。
対して、飛鳥は下がりながら打撃を避け、いなし、受け、 躱す。
直撃を許していないものの、急に変化した内藤の猛攻に焦りを見せている。
そして、「ぐっ……」と一瞬の呻き声。飛鳥は足を止めた。
――――否。内藤によって止められた。
見れば、内藤の足が飛鳥の足を踏みつけている。
勝機と見た内藤の拳が走り抜ける。
当たらない。 拳は空を切る。
だが、逃げれたのは内藤の拳だけ。 飛鳥の顔面に内藤の頭部が叩きつけられた。
ボクシングで言うならばバッティング。 重大な反則行為だが、これはボクシングではない。
まして、内藤は空手家。 頭という、ある意味では人体の弱点すら鍛え武器にする。
その頭突きを喰らい飛鳥はリングに倒れた。
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歓喜。
倒れた飛鳥を見下ろして俺は喜んでいる。
心だけではない。体が喜んでいる。
体が酷く猛っている。まるで炎が灯ったように熱量が増えていく。
俺は思わず、道着をはだけさせ、脱ぎ捨てようと……できなかった。
空手衣の袖よりもグローブが大きかったからだ。
「……」と何事もなかったかのように整え、遅れながら残心と取る。
残心とは勝っても油断しない事。心を戦場に残すから残心という。
そこで初めて倒れた飛鳥の口が動いている事に気づいた。
「なんて言っている?」と聞こうとして内藤はやめた。
それは卑怯である。
飛鳥が喋っている内容。それを理解しておきながら聞こえなかった振りをするなど……
飛鳥は、こう訪ねているのだ。
「空手を捨てたのですか?」
その言葉に不思議と俺は動揺しなかった。
動揺するのは後ろめたいことがあるからだ。
空手を捨てたのか? その問いかけに対して答えは――――
「空手というのは、そんなに小さいものだろうか? 俺個人が背負うとか、捨てるとか……」
そこで言葉を止めて頭を振るう。
俺は何を言おうとしているのだ? 相手は倒れているとはいえ、こちらに喋りかけている。
まだ、意識はしっかりとしている。瞳を見ればわかる。
「すまない。まだ、戦いの最中だな」
俺は謝った。
だが、頭は下げない。頭を下げた瞬間に襲い掛かってくるかもしれないのだから……
しかし、目前の相手は奇妙な行動を開始した。
立ち上がろうとせず、その場に座り込んだ。 胡坐をかくって状態だ。
「いいえ、聞かせてください。そもそも、このチャンネルの目的をそういう所なのですから」
「チャンネルの目的?」と聞き返してから思い出した。
俺に取ってこれは試合のようなものである。 しかし、飛鳥の取っては違うのかもしれない。
なぜなら、俺は格闘家だが、飛鳥はユーチュバーなのだから……
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