第2話 空手家 内藤隆の場合②
オープンフィンガーグローブ
総合格闘技用のグローブだ。
投げたり、関節技を狙ったり、掴む事を念頭においているためボクシングで使われているグローブのように拳全体が包まれていない。
手の甲から指の第二関節までプクリと膨らんでおり、少しグロテスクにも感じられる。
それを生まれて初めてつけた内藤の感想は、
(……硬い。本当にこれで人を殴って良いのか?)
内藤だって、練習の一環でボクシングのグローブを身につけたことがある。
しかし、これは全くの別物のように彼は感じていた。
殴った時に相手に当たる部分、それが生身の拳の堅さに等しいのだ。
(自身の拳を保護して、怪我のリスクを低下させる)
内藤は、確かめるように軽くコーナーを殴った。
1撃、2撃…… リングが揺れる。
「なるほど……これは凶器だな」と内藤は自身の拳を見つめた。
そんな様子に構わず「あの……そろそろ準備はいいですか?」と飛鳥が声をかけてきた。
「あぁ、構わない。……開始の合図にゴングやブザーはあるのか?」
「ありませんよ。……あっ心配しなくても動画は、いい感じで編集しておきますから」
「そうか、始めよう」
「始めましょう」
内藤の構えは、どっしりと腰を落としたフルコン空手のパワー系の選手がよく取る構えだ。
若干の半身。両拳は胸の前に。
ボクシングではガードの低い構えを攻撃型と呼ぶが、
内藤の場合は顔面を直接殴る事を禁止したルールゆえ(所謂、顔面なしルールだが、なぜか蹴りによる頭部への攻撃は認められている)の構え。
対して飛鳥はボクサー、それもアウトボクサーと言われるタイプの構え。
トントントンと体を跳ねさせてリズムを取っている。
「ならば……」と最初に動いたのは内藤の方だった。
未知の場所で未知の相手。ただでさえ、試合は極度の緊張状態で行われるものにもかかわらず……
まるで練習中にサンドバックを蹴るように当たり前のように蹴った。
普通に相手を蹴る。常人離れした胆力だからこそ普通に蹴れるのだ。
ローキック。空手で言う下段回し蹴り。
炸裂音。
誰が信じるだろうか? 肉で肉を叩いて出した音などと……
その一撃で飄々としていた飛鳥の表情が崩れる。
下がる飛鳥。 追う内藤。
プレッシャーをかけて、コーナーに追い詰めて連打。 ある種のセオリーだが、八角形のリングでは難しい。
四角形と八角形のリング。同じ面積でも八角形のリングの方が広く使えるのだ。
だが、そんな鬼ごっこも長くは続かない。
本日2度目の炸裂音。
追いついた内藤の蹴りが飛鳥の太ももに叩き込まれる。
たった2発の蹴りで飛鳥は動きを止めた。
勝機である。 3度、4度……と続けて蹴りを叩き込む。
しかし、5度目はなかった。
飛鳥は内藤の蹴りを避けた。 前に出していた足を僅かに引いただけで避けたのだ。
(誘われた。罠かッ!?)
内藤は心の中で叫ぶ。しかし―――― 覆水盆に返らず。
後悔しても、もう襲い。
蹴りを放ち、片足の状態。対して飛鳥は体勢を整い終え、獣のように飛び掛ってきた。
ボクシングではカンガルージョルトと言われるパンチだ。
まるで体当たりのように勢いよくパンチを叩き込むパンチ。
そこで内藤の意識は途切れた。
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まだ立っていた。
背後にあるロープに体重をかけている。
意識を失っていたは一瞬のようだ。 だが、意識は正常ではない。
油断をしていると足から崩れ落ちそうになるくらい力が入らない。
しかし、まだ目前には飛鳥がいる。
迫ってくる彼を前蹴りで止める。
ダメージはない。そんな芝居をする。
防御だけではダメだ。ガードを固めながら、拳を突き出す。
その突きにキレはない。
もうバレている。 次に一撃入れば、俺は倒れるという事を……
幸いにして俺と飛鳥には体格差がある。
前に出ようとする飛鳥を強く押し、無理やり後退させる。それでも前に出る飛鳥。
ならばと俺も前に出る。 一気に間合いを詰めて0の距離に……
ボクシングでいうクリンチだ。 これで少しは休める。
俺の腕の中で飛鳥は暴れる。 しかし、逃がすわけにはいかない。逃がしたら、俺が酷い目にあう。
暴れるなよって、俺は投げ飛ばした。飛鳥は倒れたまま、驚いた顔をしている。
空手家の俺が投げ技を使えないと思っていたのかい?
俺が空手しかできないと思っていただろ?
ふん、俺も学生時代は柔道をやっていたんだぜ?
……体育の授業でな。
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