紅蓮の日常

チョーカー

第1話 空手家 内藤隆の場合①

 「動画で見た通りなんだな」


 内藤隆はポツリと感想を漏らした。


 そこは廃れた工業地域に立てられていた病院の跡地。


 しかし、廃墟と化した病院でありながら、内部は綺麗に整備されている。


 内藤が立っている場所は、かつての中庭なのだろう。


 鬱蒼とした草木。まるでジャングルを連想させる。


 よく見れば、土が均された地面は自然にそうなったのではなく、人の手によるもの…… 放置された中庭が荒れて、自然に荒れたのではなく、そう・・見えるように育てられている。


 そこに異物が紛れ込んでいる。


 リングが1つ。


 ……いや指輪のことではない。


 格闘技で試合をするアレだ。


 それも、ただのリングではないようだ。


 通常、四角のリングではなく、総合格闘技で使われる八角形オクタゴンと言われる形状のもの。


 ただし、オクタゴンとは違い周囲は金網ケージではなく、ボクシングのリングのようにロープが張られている。 


 「まるで、撮影のセットだな」と内藤は笑う。


 内藤隆。


 年齢は20代。


 身長は180近く。 体重はわからない。


 スキンヘッドと見間違うほどに短く刈り上げた髪。

 

 身につけているのは道着だ。


 柔道家や柔術家が使用するような分厚く、破れぬように作られた道着ではない……という消去法から、おそらくは空手家。


 小石が混じる地面を素足で歩くわけにはいかないとは言え、革靴を履いているのが……どうにも奇妙に見える。


 そんな彼に声がかかる。


 「おまたせしました」


 声の主は郡司飛鳥という男だ。 男と言うよりも少年と言ってもかもしれない。


 18歳。


 妙に整った顔立ちをしている。


 整形かもしれないと内藤は思った。


 内藤が所属している空手団体ではよくあった話だ。


 顔が変形して治すついでに整形をする。


 このような舞台の登場人物だ。それも十分にありえる。


 他の可能性として、顔面へのクリンヒットと許さない卓越したディフェンス能力の持ち主。


 顔面を殴ったり、蹴られたりする競技の選手ではない可能性。


 さらに観察をする。飛鳥の格好は有名なスポーツブランドのシャツと短パン。


 靴も最新のモデルだった。


 まるでスポーツジムにトレーニングにきたような格好。 


 手にはオープンフィンガーグローブと言われる総合格闘技用のグローブが2つ。それから……一掴みの札束。


 「あぁ、これですか? 約束のファイトマネーの100万円です。今、確認しますか?」


 「いや、あとから構わない。しかし、本当に用意したのだな」


 「え? 疑っていました? ひどいなぁ」と飛鳥は朗らかに笑う。


 これから戦う相手に見せる笑みとは到底思えない態度だった。


 そのまま、台の上に100万円とスマホを置いた。


 そのスマホが撮影機材だと聞いて内藤は驚いた。


 そんなもので取った物で金を稼いでいるのか? と


 「それじゃ、確認です。今からこのリングで俺と戦ってもらいます。報酬は100万円。一応、グローブはつけてもらいます。ルールは噛み付き、目潰し、武器なし。あとの細かい部分は互いの良心で判断を」


 内藤はコクリと頷いた。


「あと、この試合の動画はインターネットに投稿します。怪我については、お渡しした誓約書どおりにお願いします」


 言い終えると飛鳥はリングに飛び上がった。 その跳躍力から、ただの素人ではないという事は明らかだった。


 続けて内藤もリングにあがる。 2人の体重で、少しだけリングが沈む。


 投げの衝撃を吸収をしかけがあるのだ。 


 (踏ん張りに無関係では……ないか)


 内藤はリングの特質を確かめるため、地面やロープ。コーナーに触れる。

 

 「そうだ。忘れていた」と飛鳥。


 振り向いた内藤に飛鳥はグローブを軽く投げて寄こした。


 それを内藤はジーと見つめる。


 「えっと? 事前に説明した通り、グローブの着用は……」


 「すまないがつけてくれ」


 「え?」


 「初めてなんだ。グローブをつけるのは」

 

  内藤の頬は赤く染まっていた。


 


 

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